16:00 かえでとレニ

16:00　かえでとレニ　サロンにて

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「レニ」

 
かえでがその名を呼ぶと、振り返る彼女はいつも無表情。
返事をすることもなくただじっと黙ったままで、視線だけを彼女に向けている。

いや、その視線は彼女ではなく、どこか遠くを見ていたのかもしれない。
心なしか虚ろに見えるその青い瞳は、いくらそれを見つめてもどこに向かっているのかかえでには
分からなかった。

 

「レニ」

 
だが、それでもなおかえではその名を呼ぶことを止めることはない。
たとえ返事が無かったとしても、たとえ表情が変わらなかったとしても。
たとえその瞳が自分自身を映し出さなかったとしても。

彼女の瞳が虚ろではなく、世の中の優しいもの全てを映し出すように……そんなことを願いながら。
ただただ、彼女は毎日のようにレニの名を呼び続けたのである。

 

 

＊　　　　　＊　　　　　＊ 

「レニ」

 
そして今日も、かえではレニの名を呼んだ。
日が短くなった今は、もうこの時間は夕暮れ時。
赤くなりかけた日の光が、サロンの大きな窓から柔らかな光を劇場へと届けてくる。
そんな場所の前で振り返ったレニの顔もまた、それによってほんの少しだけ赤く染まっていた。

「何、かえでさん？」

そう返事をして、彼女はにっこりと微笑む。
赤く染まったその青い瞳はもう虚ろではなく、真っ直ぐにかえでの姿を映し出していた。

「ううん、ちょっと……あなたの名前を呼んでみたくなったの」

かえでは足早に彼女の方へと近づくと、そう言ってふっと笑みを浮かべる。
もしも忙しい身であるのなら彼女の言葉はとてもハタ迷惑な話であるが、レニは何も言わずにただ
にっこりと微笑むだけだった。

やがてかえでがレニのすぐ横まで近づくと、二人は並んでゆっくりと歩きはじめる。
勿論、歩幅が違う為かえではレニの歩く早さに合わせて。

二人の間に特に会話は無かったのだが、かえではその間を流れる空気に安らぎを感じる。
それは長年の付き合いによるものなのか、それとも本当の信頼関係で結ばれているからなのか……
いや、恐らくその両方だろう。
かえではレニを愛していたし、レニもまたいつからか彼女を愛する気持ちに気付いていたのだから。

「かえでさん、聞きたい事があるんだ」

ずっと無言のままであったレニが、ふと口を開く。
見上げた彼女の視線を真っ直ぐに見下ろしたかえでは、少しだけ困ったような笑みを浮かべた。

「なぁに？　私が答えられればいいんだけど……」

図書館にある本を読み漁っているレニは、最近はかえですら知らない言葉を時折口にすることがある。
その度に彼女はその成長を感じるのだが、同時に自分の知識の未熟さを改めて思い知るのだった。

そんなかえでの様子を見つつレニは暫く考え込むように俯く。
そして再び顔を上げると同時に、こんな質問をかえでにぶつけた。

「見返り美人って、どんな人なのかな？」

レニの言葉と同時に、かえでは思わず吹き出しそうになる。
それを何とか抑え込んだかえでがふと彼女の手にある本に目をやれば、えらく達筆な字で書かれたタイトルと
美しい浮世絵が飛び込んでくる。
そこに描かれた女性は、後ろを振り返りじっと何かを見つめている。
その姿はなんと艶めかしく、美しいものだろう。

 
あと数年もすれば、今かえでの隣を歩く少女もそんな美人になるのだろうか。
今ですら思わず呼び止めてしまいたくなるほどの、愛らしく美しいその少女は。

 
かえではその手でレニの頭を優しく撫でる。
するとレニはくすぐったそうに顔を歪め、その顔に年相応の無邪気な微笑みを浮かべた。

「それはね、あなたみたいな人のことを言うのよ……レニ」

やがてかえでは彼女に向かって、小さな声でその答えを呟く。
レニに出会ってからずっと、かえでの中の『見返り美人』はいつだって彼女だったのだから。

何度でも、彼女の名を呼びたくなってしまう程に。


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欧州星組時代は色々と妄想が広がりますね！
姫も復活されたことですし、是非色々と掘り返して頂きたいものです……！