13:00 かえでと大神 銀座にて
※注意※
12:00の話の続きでございます
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すっかり価値の下がってしまった紙切れを財布に戻し、かえでは高級店のドアから銀座の街へと
足を踏み出す。手持ちには余裕をもつ性質の彼女であったが、食事だけでここまで一気に減ってしまった
のは、たった二人きりのそれに於いては初めての経験であった。
高級な店では、財布の紐が固くなるのは当たり前のこと。
給金が入るまで、暫くは節約生活が続きそうである。
彼女が店を出た先には、苦笑いを浮かべたカンナが頬の辺りを指で掻きながら彼女を待っていた。
その表情を見るに、一応は反省の気持ちを持っているらしい。
「全く、今日おごってあげた分はちゃんと返して貰いますからね」
財布を鞄に戻した彼女はふうと溜め息を吐いてそう言うと、バツが悪そうに笑うカンナを見上げる。
「分かってるよ。奢って貰った分以上に、こきつかって貰って構わないぜ」
劇場へと戻る道を歩み始めたかえでに合わせて普段よりもゆっくりと歩きながら、カンナはそう言ってドンと
胸を叩いた。
「それじゃ、劇場じゅうのお掃除くらいじゃ足りないわね」
支払った値段を指折り数えるような素振りを見せたかえでは、口元に悪戯な笑みを浮かべて言う。
すると先程まで自身満々であったカンナの表情が、一瞬で凍りついた。
一般的な家庭よりも遥かに広い、大帝国劇場。
広さだけではなく、格納庫等の軍事設備や放置しっぱなしの大道具部屋もあり、その隅々までとなれば
とても一日では終わらない。
普段から散らかっている紅蘭の部屋ひとつですら、年末の大掃除ではひと部屋に二人がかりなのだから。
「う……そ、そんなに喰っちまったかな」
かえでの言葉に恐れをなしたのか、カンナは夏でもないのに額に汗を浮かべながら問いかける。
かえでよりも一回り大きな彼女の身体が自分よりも小さくなってしまったように感じたかえでは、
堪えきれずに笑い出してしまった。
「なんでぇ、脅かすなよ」
冗談であることを悟ったカンナは、口をへの字に曲げてそう抗議する。
かえでは目尻に貯まった涙を拭くと、憮然とした彼女に謝ろうと口を開いた。
しかし、いくら冗談とはいえ人を騙した罪は自らに巡ってくるというもので――
「きゃっ!」
かえでは口を開いた途端、突然地面に足を取られバランスを崩す。
いきなりの出来事にその身体は対応できず、あわや地面に手をついて仕舞いそうになった時であった。
「おっと……大丈夫か?」
彼女の声に反射的に手を伸ばしたカンナが、その身体を両手で掴み自らの方へと引き戻す。
かえでの身体は倒れていく方向とは逆の方に引っ張られ、彼女が気付いた時には相手の腕の中に
抱き留められる形となっていた。
「ありがとう、お陰で助かっ……!」
安堵の溜め息を漏らしたかえでであったのだが、自分の足で立とうとした途端に片方の足から痛みを感じ
思わず顔をしかめる。
「おおぃ、どうしたんだよ!?」
彼女に手を差しのべたまま、そう心配そうな声を上げるカンナ。
かえでは暫く痛みを感じた足を見下ろしていたが、やがて彼女の方を見上げて溜め息を吐く。
「ちょっと捻っちゃったみたい……それに」
カンナな問いに答えたかえでは、ふとその言葉を途中で止める。そして捻ったのだろう足の膝を曲げると、
履いていた靴に手を掛けてそれを脱いでしまった。
「これじゃ、使い物にならないわ」
彼女の手には、踵が根本から折れてしまったハイヒール。
恐らくそれが道路にできた隙間に詰まったため、彼女は足を取られたのだろう。
そして思いもよらない方向に体重がかかり、足を痛めてしまったのである。
「あ~あ~、これじゃ歩けねぇじゃねえか。ほら、あたいがおぶってやるよ」
かえでの手にした壊れた靴を見たカンナはそう言うと、すぐに彼女に背を向けて屈もうとする。
花組イチ身体が大きい上格闘技を得意とする彼女は、女性でありながらもよくこのような力仕事を
任されていた。
時には転んだアイリスを抱え、爆発で焦げた紅蘭を抱え……しかし喧嘩するほど仲のよいとされるすみれを
抱えた時は、盛大に抵抗されて苦労したとかえでは彼女の口から聞いていた。
「大丈夫よ。あまり距離があるわけじゃないから」
すっかりしゃがんでしまったカンナの肩に手を掛けたかえでは、そう言ってにっこりと笑う。
劇場内ならばともかく、流石に銀座の街中で同じ女性……しかも劇団のスタアである彼女に、
負担をかけさせる訳にはいかない。
そんな遠慮がちなかえでの言葉に振り返ったカンナが、ふとその後ろの方に何かを見つけたのか
じっとそちらに視線を向ける。
「かえでさん、カンナ!」
それにつられてかえでが振り返ると、ほぼ同時に聞き慣れた声が彼女の耳に届いた。
勿論、彼女の視線の先にはその声の主がこちらへ向かってくる姿が映っている。
「よう、隊長。どうしたんだよこんな所で」
「ああ、たまには外で昼飯でもと……それより、どうされたんですか?」
カンナがしゃがんだままの姿で大神を見上げて問いかけると、駆け寄って来た彼は少しだけ
息を切らせながら答える。
自らの言葉を遮って出てきた問いかけを聞く限り、どうやら二人のこの姿を見かけてすぐにこちらへと
駆けつけてきたらしい。
そんな後輩の思いやりに、かえでの口元に優しい笑みが零れた。
「ちょっと足を捻っちゃって。靴も使い物にならなくなっちゃったから、カンナに手伝って貰って早く帰ろうと
思って」
その微笑みを浮かべたままで、かえではゆっくりと現状を説明する。
その手には先程の壊れた靴があり、大神はその靴に手を伸ばしかえでからそれを受け取った。
「だから、あたいがおぶってやるって」
「でも……」
かえでの言葉から先程までのやりとりを思い出したのか、カンナが再び彼女に向かって口を開く。
遠慮しなくてもいいと言いたいのだろうが、それでも彼女は引き下がらなかった。
すると、暫く手にしていた靴をじっと見ていた大神が二人の間に立ちその視界を遮る。
そしてまずはカンナの方に向き直ると、彼女を見下ろすという珍しい形でこう言った。
「カンナ、俺がかえでさんをおぶって行くよ」
彼の言葉にカンナは目を丸くし、そしてかえでもまた同じように驚きの表情を浮かべる。
「隊長がかぁ? こういう力仕事はあたいに任しちまっていいんだぜ?」
そんなカンナの言葉に、かえではこくこくと頷く。
メンバーの中で力仕事を任されることか多いのはこの2人だが、異性であるとはいえその戦闘スタイルと
日々の訓練から、カンナの方が大神よりも力が強く体力もあるのだ。
それは大神自身もよく分かっている筈なのだが……。
しかし大神はそう言われてもなお、全くその意思を曲げることはない。
「そんなことは無い。カンナに背負わせておいて、俺が楽をするなんてことはできないよ」
大神かカンナを真っ直ぐに見つめ、真面目な表情のままで言う。
当のカンナは暫くポカンとした表情であったものの、自らを女性として気にかけてくれているということに
気付いたのか、ほんのりとその頬が赤く染まる。
「隊長……」
そう小さく呟いたカンナを見、大神はにっこりと微笑む。彼につられたのか彼女は微笑むと、
ゆっくりと立ち上がった。
「あ、勿論かえでさんがよろしければですけれど……」
そんな二人を微笑ましく見つめていたかえでの視線に気付いたのか、大神は慌てて彼女の方を振り返って
そう言った。
彼は劇団のスタアではないためスキャンダルになることは無いだろうが、それでもカンナとは違い男性である。
「大神くん、上手ねぇ。さくらがしょっちゅうヤキモチを妬く筈だわ」
「いいっ……!?」
かえでが口元に笑みを浮かべてそう彼をからかうと、大神は大きく目を見開いた。
そんな彼の姿はかえでにとっては異性というより、可愛い可愛い弟のように思える。
そして、そんな彼の優しさが彼女にとってはとても嬉しかった。
「ふふっ、冗談よ。それじゃあ、紳士的なあなたのお言葉に甘えることにするわ。ありがとう、大神くん」
大神の額を人差し指でピンと弾くと、かえではにっこりと満面の笑みを浮かべる。
そんな姿にみとれてしまったのか彼は暫くぼぅっと彼女を見つめていたのだが、やがて同じように
笑みを浮かべてこう答えた。
「はい、了解であります」
行きは2人であった道のりを、帰りは3人で歩く。
カンナがかえでと大神の荷物を抱え、かえでは大人しく大神の首に腕を伸ばして、その背中に身体を
預けていた。
彼女には久しぶりに感じる異性の背中。それは思っていたよりもとても広く、そしてがっしりとしている。
女性でありながらも大神より背の高いカンナやマリアが隣に居るためどうしても小さく見えてしまいがちだが、
彼より十センチ以上も背の低いかえでにとっては十二分にしっかりとした男性の背中であった。
「いつも近くで見てるけど、大神くんの背中……思ったより大きかったのね」
「まあ、一応男ですから……」
驚きを素直に口にしたかえでに、大神は苦笑いを浮かべる。
すると隣を歩いていたカンナがふと早足で二人の前に回り込む。
その顔に、にやりと何か企んでいるような笑みを湛えて。
「何でぇかえでさん、惚れちまったのかい?」
そんな彼女の問いに、かえでは無言できょとんとした表情を浮かべる。
「いいっ!?」
対する大神は鶏に首を絞められたような声を出し、そしてごほごほと咳き込み出した。
「ふふっ、さぁ……どうかしらね」
「か、かえでさん……」
そんな後輩の背中を笑いながら擦るかえでの名を、大神はかすれた声で呼ぶ。
困ったような表情の当人は彼女に助けを求めたのであろうが、残念ながら既にその心は悪戯の神様に
奪われていた。
「あ……隊長、顔真っ赤だぜ?さくらに見つかったらまたどやされるぞ」
そんな彼の顔をびしりと指して、カンナがそう囃し立てる。
恐らく彼のことを好いているのだろうさくらがこの姿を見れば、きっと持ち前のヤキモチやきを最大限に
発揮するに違いない。
「ほら……しっかりしなさい、大神くん」
先程までの凛々しさとは打って変わって普段通りの頼りない姿へとなり果てた後輩に、かえでは気合いを
入れる意味でばんっと強く背中を叩く。
叩かれた彼は「いてて」と小さく呟いて、やはり先程と同じように困ったような笑みを浮かべたのだった。
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大神クンの口調は未だに分かりません(苦笑)
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