12:00 かえでとカンナ 資生堂パーラーにて
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「いっただっきまーす!」
静かなレストランに大きな声が響き、周りの視線が一斉にひとつのテーブルへと集まる。
「カンナ、声が大きいわよ……!」
顔を赤くしたかえでは嬉しそうに目の前の肉を頬張るカンナに向かってそう強く言ったものの、声を張り上げる
ことができない為にその迫力は半減。これでは恐らく当の本人の耳には入っていないに違いない。
彼女は今、目の前にある小さなステーキに夢中なのだから。
「んぁ、何か言ったか?」
睨むようなかえでの視線に気付いたのかようやくカンナは彼女に視線を向けたものの、やはり彼女の予想通り
先程の言葉は聞こえていなかったようである。
「……いいわ。静かに食べなさい」
溜息混じりのかえでの言葉に首を傾げたカンナであったが、すぐに再び視線を目の前の肉へと向けて
カチャカチャと音を立てて再び食事に没頭し始めた。
そんな彼女の様子に、かえではまた大きな溜息を吐く。
やはりすみれの言うように、彼女をここに連れてくることは無謀であったのだろうか。
彼女の脳裏に、つい先程のやりとりが蘇る。
* * *
「資生堂パーラーって、美味いのか?」
二階から一階の支配人室へと向かっていたかえでが何気なくサロンを通りかかった時、突然彼女の行く手を
遮るように、彼女の目の前にカンナが現れた。
二階から一階の支配人室へと向かっていたかえでが何気なくサロンを通りかかった時、突然彼女の行く手を
遮るように、彼女の目の前にカンナが現れた。
「えっ……」
「お止めなさいなカンナさん。あなたが足を踏み入れるべきところではありませんわ」
唐突な彼女の質問の意図が理解できなかった彼女が首を傾げると、ほぼ同時にサロンの椅子に腰かけていた
すみれが口を挟む。
その口元にどこか見下すような笑みか浮かんでいるところを見ると、どうやら二人の間の空気は
穏やかなものであるらしい。まあ、それは大帝国劇場にとっては日常風景なのであるが。
「うるせえ! あたいはかえでさんに聞いてんだよ!」
苛々した様子ですみれを怒鳴りつけるカンナ。やはり二人がいつもと同じように口喧嘩をしていたことに、
間違いはないようである。
「もう、また喧嘩なの? 仲がいいのは構わないけど、周りに迷惑はかけないでちょうだい」
かえでは額に手をあて、うんざりした様子で溜め息を吐く。喧嘩をするのは二人の性格上致し方ないと
いえども、全く関係の無い彼女自身が巻き込まれるのは堪ったものではない。
「仲が……そんな筈がありませんわかえでさん!」
しかし彼女の思いも虚しく、すみれは全く意図していなかった言葉に反応して勢いよく立ち上がる。
いかにも機嫌が悪いといった表情でズカズカと二人の方へと近づいてくる彼女を見ながら、かえではもう逃げら
れないことを悟り溜め息を吐いた。
「ああもう、邪魔すんなよすみれ! で、どうなんだよかえでさん?」
近づいてくるすみれに向かってあっちへ行けというように手を振ったカンナは、再びかえでの方に向き直りそう問いかける。
これまでのやりとりのせいで主題を忘れかけていたかえでは一瞬戸惑ったものの、彼女に呼び止められた
際の言葉を思い出してその問いに答えた。
「どうって……資生堂パーラー? そりゃあ、あそこの食事は美味しいわよ」
「当然ですわ。あそこはカンナさんのような貧乏人には手が出ないような、高級なものしか扱って
おりませんもの」
おりませんもの」
かえでの言葉に続き、もう二人のすぐ傍まですみれがいかにも癪に障るような口ぶりで言う。
確かにその店は他のレストランよりも高級ではあるのだが、それは彼女が自慢気に話すようなことではない。
そこを突けばいいのに、とかえでは思ったのだが、やはりそこはカンナらしいということか。
半ば脊髄反射のように彼女が反応したのは、喧嘩相手の口にした蔑称であった。
「んだよいちいち人を貧乏呼ばわりしやがって。この傲慢チキが!」
視線を再びすみれの方へと向け、カンナは身振りを交えながらそう相手を怒鳴りつける。
そしてこうなればすみれが黙っている筈もなく、ギッと相手を睨み付けるとわなわなと震えながら低い声で
こう叫んだ。
「なっ、……誰が傲慢ですって……!」
もう何度目なのかなどということはかえでは全く知る由もないのだが、こうして二人の喧嘩がまた勃発したの
である。
売り言葉に買い言葉で言葉は更にエスカレートしていき、今にも手が出そうな程にその勢いは増していく。
実際かえでが赴任する前までは本当に手が出ることもしょっちゅうあったようだが、幸いそこまでの争いに
発展することはあまりない。せいぜい年に数えるほどである。
「……」
かえではすっかりお互いの世界に入ってしまったらしい二人を交互に見つめると、音を立てないようにゆっくりと
後退りを始めた。これ以上ここに立っていても不利益を被るだけである。
そろり、そろり。彼女は二人からある程度の距離をおいた位置まで行くと、踵を返し早足でその場を去った。元々の進行方向とは逆の為支配人室には遠回りになるものの、これ以上巻き込まれるよりはマシである。
だが、そんなかえでの思惑は背後からの声によって脆くも崩れ去った。
「ああ、もう待ってくれよかえでさん!」
自らの名を呼ぶその声を上司としては無視することができず、かえではまた溜め息を吐きつつも振り返る。
「……まだ何かあるの?」
うんざりとしたかえでとは対称的に、カンナはにっこりと笑みを浮かべていた。
その背後ではすみれが「わたくしを放っておいて何処へ行く気ですの!」と叫んでいるところを見ると、
どうやら無理矢理喧嘩を切り上げてきたことは言うまでもないだろう。
「あたい、その資生堂パーラーってのに行ってみたい」
「えっ」
先程までの憮然とした表情はどこへいったのかと思っていたかえでは、カンナの言葉にあっけに取られた
ような表情を浮かべた。どうやら彼女は、たとえどんなに憤慨していようと、食べ物が絡めばすっかり機嫌を
直してしまうらしい。
そんな純粋で一途な性格はカンナの長所ではあるが、言い替えれば単純極まりないということである。
軍人、しかも尉官クラスの自分がそうでは組織は成り立たないのではあるが、相手の性格をかえではとても
羨ましく思った。
「かえでさん、止めておいた方がよろしいですわよ! こんな貧乏なゴリラ女を連れて行ったら、ロクなことになりませんわ!」
そしてもう一人、カンナのように単純ではないどころか、とても複雑極まりないデリケートな性格のすみれは、
やはり未だ怒りが治まっていないらしい。
そんな怒鳴り声を響かせながら、先程よりもずっと大きな足音をたてるように肩を怒らせ彼らの方へと
近づいてくる。
「誰もおめぇみたいなサボテンに連れてけなんて言って無いだろ! なあ、かえでさん……頼むよぉ!」
しかしそんなすみれに全く臆することなくあまつさえ軽くあしらったカンナは、かえでを拝むようにその
目の前で手を合わせる。
当然面白くないであろうすみれは、眉間の皺を更に深くしてわなわなと震えだした。
「さっ……カンナさん、少し口がすぎるんじゃございませんこと?」
身体だけでなく声までも震わせながら、やけにゆっくりとした口調ですみれは言う。
するとカンナはうんざりした顔ですみれの方を振り返ると、パタパタと手を振りながらこう言葉を返した。
「うるせえや。おめぇよりマシだよ……この屁理屈女!」
「な、なんですってぇ~~~!」
ついに怒りを爆発させたのか、すみれは劇場中に響くような甲高い声で叫ぶ。
勿論それで彼女の気が治まる筈もなく、彼女は更に続けて口を開こうとした。
しかしそれよりも一瞬早く、かえでがその口に自らの手を当てて押さえつける。
口を塞がれたすみれはもがもがと何事かを喋っていたものの、当然そね内容までは分からない。
「分かったわ、カンナ。お昼から一緒にそこで食事をしましょう」
このままでは延々とこの口喧嘩に巻き込まれてしまう、そう考えたかえでの強行策。
そうして一番の元凶を黙らせたかえでは、先程から耳を押さえたままのカンナに向かってそう言った。
「ホントか! やったぁ! これで美味い飯が喰える!」
耳を塞いでいてもやはり食べ物に関する言葉は聞こえるのか、カンナは嬉しそうに微笑むと文字通り
飛び上がって喜ぶ。一方かえでは、予想外にはしゃぐ彼女の姿を見つめ、また深いため息を吐いた。
「か、かえでさん……正気ですの!?」
力の抜けた隙にかえでの手を自らの口から引き剥がしたすみれは、そう小さく呟いて苦い表情を浮かべる。
しかし一方で、確かにその危惧は最もであった。普段からお世辞にも上品とは言えないカンナの食事。
そんな彼女が、果たして高級レストランという場で上手く食事を摂れるのか。
ふ、とかえではふと口元に笑みを浮かべる。
「ま、これもひとつの勉強よ。いつも食堂のメニューや定食屋さんだけだから、たまにはそういうものもいいん
じゃない?」
いつの間にか柔らかい視線でカンナの姿を見つめていた彼女は、そう呟いてすみれを見る。
確かに心配な面もあることは確かであるが、それでも彼女のささやかな願いを無為にするようなことは
かえでにはできなかった。
それに対してすみれは、困惑したような表情で彼女を見つめる。
そしてカンナの方へと目をやると、やがて大きな溜め息を吐いた。
「どうなっても知りませんわよ、わたくしは……」
額に手をあてたすみれは、そう呟いてくるりと踵を返す。
そして普段通りの優雅な足取りで、二人の前から姿を消したのだった。
* * *
そんなやりとりから数時間。かえではすみれの忠告を、今身に染みて感じていた。
先程の大声から始まり、カチャカチャと食器の音を立てる。
落としたフォークを自分で拾おうとし、スープを飲む時にはは噐に口を付ける……等々、カンナは挙げ出したらキリがない程のマナー違反を繰り返したのである。
その度にかえでは口を出すものの、注意してすぐに直せるものばかりではない。
だがそんなことにまで口を酸っぱくしていては、楽しい筈の食事が台無しになってしまう。
そのため、結局かえでは周りに迷惑にならないことに関しては口煩く注意するのを止めた。
まだ食事を始めたばかりの赤ん坊が上手く箸を使えないように、カンナもすぐにテーブルマナーを完璧に
できる筈がない。今日できなかったことは、次回までに改善されればいいのである。
「なあ、かえでさん。何かアイスクリームが出て来たんだけど……もしかしてもう終わりなのか?」
こうして比較的自由に楽しい食事を味わうことができたであろうカンナは、目の前に運ばれたバニラアイスを
見つめかえでに問いかける。その手にあるのはデザートではなくスープ用のスプーンなのだが、今回だけは
本人がよければそれでいい。
「ええ、そうよ。スープに前菜、メインはさっきのお肉で………パンも出て来たから、これでおしまい」
最初に提示されたメニューを思い浮かべかえでは指折り数えると、そう相手の問いに答える。
彼女自身も同じものを注文したのだが、十分一般的なコースメニューといえるだろう。
「何だよ……うめぇけど全然足りねえじゃねえか。物足りないぜ」
しかし普段の食事量が一般女性の倍はあるカンナにとっては、やはり物足りないものであったらしい。
しかし足りないからといって普通の食堂のように次々と注文しては、お金がいくらあっても足りないだろう。
「あなたはここに来る前に食べておくべきね。今度からはそうしなさい」
そのためかえでば、不満げな表情の彼女にそう提案する。
しかしそう言い終えた後で、彼女はこう付け加えた。
「それと、今度来るときはもう少しテーブルマナーを勉強してからにしましょうね」
「お、おう……」
いくら口を出さないようにしていたとはいえ、カンナはしょっちゅう目に余るような行為を繰り返していたので
ある。彼女がにっこりと微笑みながらも、言うに言えない苛々によってその目が笑っていないのは、
仕方のないことであった。
彼女の微笑みに一瞬怯んだカンナであったのだが、それでも食べる勢いは変わらない。
あっという間にデザートをぺろりと食べ終えると、ゆっくりとそれを味わうかえでの様子を眺めていた。
「さ、会計してくるから。自分の分だけお金出して」
そんな視線に負けたかえでは最後の一口をカンナに食べさせると、椅子の下の箱のなかに収納された
バッグを取り出しながら言う。
「ああ。これだけの値段なんだからもう沢山食べられるんだと思ってたぜ……金持ちの喰いもんってのは、
よくわからねえ……な」
カンナはすぐに頷いてそんな事を言いながら服のポケットに手を入れたのだが、ふと唐突に彼女言葉が
止まった。
「どうしたの?」
財布を手にしたかえでは、様子のおかしい相手に問いかける。
しかし相手はすぐにそれには答えず、慌てた様子でポケットの中身をひっくり返しはじめた。
「……あれ?」
訝しげな顔で首を傾げるカンナに、かえでの表情が固まる。会計をしようとするこの時間になって、
このような焦り方を見せるようなことといえば……
「……ま、まさかあなた財布……!!」
わなわなと震えながら、かえでは恐る恐る彼女に問いかける。ポケットの中身を摘んだままで彼女の方に
向き直ったカンナは、ゆっくりとした口調で、かえでが一番聞きたくなかった言葉を吐き出した。
「……忘れた、みたい」
その言葉を聞くと同時に、かえでが『二度とカンナと二人で高級レストランになど行くものか!』と思ったことは、言うまでもない。
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