14:00 かえでとマリア 三越にて
※注意※
マリかえの百合です。ご注意ください!
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よく晴れたある日の秋の昼下がり。銀座の街は普段と同じように、大勢の人で賑わっていた。
美しい着物を纏った昔ながらの貴婦人や、ここ最近の流行に則り洋服で颯爽と道を歩く若い女性。
遅い昼食を摂り現場に戻るのだろう職人達、どこかでパーティでも行われたのか燕尾服を纏った初老の男性。
ふと見渡す限りでも様々な人間が行き交っている。
そんな街の一角にある百貨店三越から、二人の女性が街の中へと一歩足を踏み出した。
一人は帝国劇場副支配人である藤枝かえで、もう一人はその劇団の花形スタアの一人である
マリア・タチバナである。
前者はともかく後者は今をときめくトップスタアなのだが、そんな彼女もこの雑沓の中では人に
紛れてしまうのか。黒いコートに身を包み手に紙袋を持っているという目立たない風体であるとはいえ、
そんな彼女に気付く人間は誰ひとりとして居なかった。
だがそれは、舞台の上以外で目立つことを好まない彼女にとってはむしろ好都合である。
忙しい毎日の合間を縫って、恋人であるかえでと二人きりの時間を過ごすことができたのだから。
尤も今は休日という訳ではなく、仕事と稽古の合間の休憩時間である。
しかも劇場に飾る装飾品を新たに購入しようというかえでに付き添って来たというだけで、二人の間には
何の甘い雰囲気も漂ってはいない。
だがそんな何でも無い時間であっても、それがマリアにはとても幸福な時であることに変わりは無かった。
「ふふっ、思い切って奮発しちゃったけど……いいものが買えてよかったわ」
好みのもの揃えられたのが嬉しかったのか、かえでは満足そうに微笑みながら腕の中の紙袋をぎゅっと
抱きしめる。
だが彼女の持っているものは劇場に飾る小物ではなく、自分のものより少しだけサイズの小さい女性用の
衣服であった。
「まさか、装飾品のフロアに行く前に衣料品のフロアで足を止めることになるとは思っていませんでした」
正しく目的のものの入った紙袋を抱えたマリアは、その場面を思い浮かべて苦笑する。
階段を上った先、マネキンに着せられていたのは一枚の白いワンピース。
それを目にした途端、足を止める予定の無かったそのフロアへとかえでは一目散に駆けだしたのだった。
彼女と尤も付き合いの長い、同じ劇団の無口な少女。
確かにマリアもその服を目にした瞬間に、かえでの口から出たのと同じ人物の姿を思い出していた。
「ふふっ、だって似合いそうだったんだもの。あの子は放っておくとずっと同じ服を着ているから、たまには
違うものも買ってあげないと」
嬉しそうに話すかえでの姿は子供を思う母親そのもので、すぐ隣を歩くマリアもまたそんな彼女の姿を見ると
暖かい気持ちになる。
だが恋人である身としては、少しだけ淋しいという想いがあるのも事実だった。
その少女の存在云々というよりも、彼女がかえでと共に過ごしたその長い時間に嫉妬したのである。
しかし少女はまたマリアにとっても、妹の一人のような存在であるのも確かなのだ。
かえでに手渡されたワンピースを見、普段好んで着るものとは少し異なる雰囲気のそれに少しだけ頬を
染めながらも、はにかんだ笑みを浮かべるだろう彼女。
そんな姿を見るのは、今上機嫌なかえでだけでなくマリアにとっても楽しみなことである。
かえでに手渡されたワンピースを見、普段好んで着るものとは少し異なる雰囲気のそれに少しだけ頬を
染めながらも、はにかんだ笑みを浮かべるだろう彼女。
そんな姿を見るのは、今上機嫌なかえでだけでなくマリアにとっても楽しみなことである。
「かえでさんにとって今日の一番の買い物は、装飾品ではなくその服のようですね」
それは彼女の様子を端的に表しただけの言葉。しかしマリアは、ほんの少しだけ皮肉を込めた感情で
それを口に出した。
すると彼女の方を見上げたかえでは、先程までとは違う悪戯な笑みを浮かべる。
そんな相手の様子にきょとんとしたマリアに向かい、彼女はこう口を開いた。
そんな相手の様子にきょとんとしたマリアに向かい、彼女はこう口を開いた。
「あら、ヤキモチ?」
「違います」
かえでの問いかけをすぐにそう否定しようとしたマリアであったが、その言葉は突如辺りに響いた叫び声に
掻き消される。思わず身構えた二人がその声のする方に視線をやれば、一組の親子の姿が目に入った。
「嫌ァ――――!! がえりたくない~~~!」
子供はまだ学校に上がる前だろうか、大声でそう喚きながら大粒の涙を流し、母親の袖に縋りついている。
一方の若い母親はずるずると縋りつく子供を引きずりながら、顔を真っ赤にして必死に通りを歩いていた。
泣き喚く子供を親が叱りつけるという何のこともない日常風景に、二人はすぐに肩の力を抜く。
「ふふっ、可愛い」
かえでは、そんな様子を見つめながら微笑ましげに目を細める。彼女は親子が角を曲がって見えなくなるまで
ずっと、二人の姿を見守っていた。
そんな彼女の服の袖を、ふとマリアは軽く掴む。
「どうしたの、マリア?」
唐突に袖を引かれたことに驚いたのか、かえでは目を丸くして相手を見上げる。
するとマリアは、そんな彼女を見下ろしにっこりと微笑んでこう囁いた。
「私も、まだ帰りたくありません」
彼女の言葉にかえでは更に目を見開き、やがてすぐに苦笑する。
「あら、あなたまで我儘を言うつもり?」
くすくすと笑いながらそう問いかけるかえでの表情は、先程のような母親のそれとは数腰だけ異なる
微笑みであった。
休日ではないこの日、思いがけずできた二人だけの時間。
しかしそれは、劇場に戻ってしまえばおしまい。同じ銀座にある劇場までそう距離は無い為、どれだけゆっくり
歩いたとしても半刻と掛からないだろう。そうすれば再び彼らはただの上司と部下となり、他のメンバーと
変わらぬ距離間で接することを余儀なくされる。
2人の関係は、あくまでも二人だけの秘密なのだから。
あと半刻、普段通りの生活をしていれば何の苦もなく過ごせる時間。
しかしいざ2人になってみれば、それではとても物足りない。
「さすがにここで泣き喚くことはできませんから……あの子が羨ましいです」
ゆっくりとした口調で紡がれるマリアの心は、紛れも無い本心であった。
物足りない、もっと二人きりで居たい……と、言えるものなら言ってやりたい。
「じゃあ、子供だったらやってたっていうの? ふふっ、珍しいわね」
「いけませんか?」
笑うのを止めないかえでの瞳を、マリアはそう言って真っ直ぐに見つめる。
そこで彼女は初めて、自らの顔から笑みが消えていることに気付いた。どうやらただの戯れがいつの間にか、
真剣な願いへと変わっていたらしい。
そんな彼女が自らの袖に縋りつく手を、ふとかえでは柔らかく包み込む。
そして握られた手の指のひとつひとつを丁寧に外し、代わりに自らの指を絡ませた。
「ううん。帰りたくないのは私も同じだから……」
絡み合った指をぎゅっと握り、かえでは小さく呟く。
少しだけ頬を染めた彼女を思わず抱きしめたい衝動に駆られたマリアであったのだが、すぐにこの場が
人通りの多い街中であることを思い出し踏みとどまった。
「だから、少しだけよ?」
そんな相手の心の葛藤を知ってか知らずか、かえでは繋いだ手をゆっくりと下におろして囁く。
その際に絡まった指は離れてしまったものの、すぐにマリアは彼女の手を掴んで先程と同じように
指を絡めた。
暖かい相手の体温が、その手を伝いマリア自身に伝わって来る。
彼女は込み上がってくる愛おしさを必死で押さえながら、彼女の手を引いたままでゆっくりと歩を進め始めた。
特に艶っぽいものでもない他愛ない会話を交わし、少しでも遠回りになるような道を選びながら。
普段よりもずっと時間を掛けて、二人は劇場へと帰っていった。
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恋人つなぎはとても可愛いと思いますッ!
普段よりもずっと時間を掛けて、二人は劇場へと帰っていった。
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