02:00 かえでとあやめ
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「どうして?」
差し出された宝刀を見た後、かえでは驚きの表情で姉あやめを見つめた。
あやめは一瞬だけ彼女が今までに見たことの無いような酷く悲しい表情を浮かべたあと、その口元だけを
笑みの形に曲げる。
「……今は、聞かないで」
「姉さん!」
悲しい微笑みを浮かべる姉にかえでは強い口調で詰め寄り、その手首をぎゅっと握り締める。
しかしあやめはその手をもう片方の手で優しく包み込むと、妹の目をじっと見つめて絞り出すような微かな声で
こう言った。
「お願い……」
たったそれだけの言葉。しかしかえでには、その言葉が酷く圧し掛かる。
初めて見せる表情の次は、初めて聞く姉からの懇願の言葉。
こうまで言われては彼女もこれ以上問い詰めることができず、口を噤むしかない。
よく似た容姿。しかし自分には似ても似つかない完璧な姉。
嫉妬する程の能力を持った彼女が、全てに於いて劣っている自分に縋るように助けを求めている。
どうすればいいのか、どうすれば最善の方法といえるのだろうか……比較されることを恐れるあまり、
今の今まで姉を避けるようにして生きてきたかえでには、その答えが分からなかった。
そんな彼女があやめの為にできることといえば、その願いを叶えることだけ。
かえでは姉が望むまま、何の理由を聞かずに宝刀を受け取るしかなかったのである。
* * *
かえでが宝刀を受け取った際にひどく安堵の表情を浮かべたあやめであったが、その後は普段と変わらず
落ち着いた様子を崩すことは無かった。
先程の突然の姉の行動に驚いたかえでは注意深く彼女の様子を観察したものの、その真意を知る事は
結局できなかったのである。
「それじゃあ。またね、姉さん」
やがて久し振りに再会した姉妹に別れの時が訪れ、かえでは宝刀を大切に抱えて扉の前に立った。
「ええ、また。たまには私にも顔を見せに来て。銀座の大帝国劇場……あなたも知っているでしょう?」
肩に掛けたショールに手を掛けながら、あやめは少しだけ淋しそうな表情を浮かべる。
かえでに避けられていることに、彼女は既に気付いているのかもしれない。
「帝国華撃団花組の本部の場所くらい知っているわ。今度帰国して、気が向いたら……ね」
気分の乗らないかえではそう曖昧な返事を返して手を振ると、仕方ないわねと零してあやめは同じように
軽く手を振り返す。
あまりにも軽い別れの挨拶。
だがお互いに生きてさえいればいつか会うこともあるだろうと、かえでは特に意に介することなく扉から外へと
一歩足を踏み出す。
しかし彼女は、次の一歩をすぐに踏み出すことができなかった。
突如背中に走った、ピリピリとした空気。
それは軍人となったその時から嫌というほど味わってきた『殺気』という気配に間違いはない。
思わずかえでは身体を強張らせ、すぐに後ろを……姉の居るその場所を振り返る。
だがそこに立つのは、笑みを浮かべたあやめの姿のみ。
かえではすぐにその周辺を見渡したが他に人影は無く、またいつのまにかその殺気も消えていた。
「どうしたの、かえで?」
きょとんとした表情で、あやめは妹に問いかける。
同じ軍人である上に誰よりも彼女が尊敬する先輩である彼女が、そんな殺気に気付かない筈がない。
それならば、かえでの気のせいであると捉えるのが自然といえよう。
しかし未だに背中に嫌な汗を感じる程の大きな気配がそうであるとは、かえでには到底思えなかった。
自分だけが感じた殺気。かえでが硬直している間に、その主は姿を消したのだろうか。
それにしてはあまりにも短すぎる。
いや、それ以前に何故あやめは気付かなかったのか。
自分と彼女の二人だけがこの場に居たというのに何故……何故。
かえでは、真っ直ぐに姉の瞳を見つめた。
そこには、柔らかい笑みを浮かべるあやめの姿がある。
「……ううん、何でも無い」
かえではそう言って微笑むと、手にした宝刀をしっかりと握った。
そしてゆっくりとした足取りで扉をくぐると、もう一度彼女の方を振り返る。
まだ、あやめはじっとかえでの方を見つめていた。
「じゃあね、姉さん。また会いましょう」
かえでは早口でそう言ってすぐに扉を閉める。
その瞬間隙間から見えたあやめの口元は、にいと笑みの形に曲がっていた。
* * *
かえでがゆっくりと瞼を開けると、ぼんやりとした視界は闇に包まれていた。
何度か瞬きを繰り返してもそれが晴れることはなく、未だ朝と呼ばれる時間には早すぎるということが分かる。
しかし額と背中にじっとりと嫌な汗をかいていた彼女は、ゆっくりとベッドから身体を起こした。
眠っていた筈なのに酷い疲れを感じるのは、かえで自身の夢見が悪かったせい。
そのダメージは思った以上に大きかったようで、その瞳からはポロポロと大粒の涙が溢れてくる。
……無理も無い。
かえでが姉あやめと最後に言葉を交わしたその時は、彼女にとって大きな心の傷となっているのだから。
かえでに姉の死の一報が届いたのは、彼女が欧州へと戻って一カ月後のこと。
遠い異国の地でそれを聞いた彼女は、姉を助けられなかった自らの不甲斐無さが悔しくて泣き崩れた。
そして今日もまたその夢を見たかえでは、膝に顔を埋めてあの時のように涙を流す。
その身が闇に染まろうとも、自らの使命を全うした姉のことを想いながら。
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あやめさんが刀をかえでさんに託した辺りのエピソードが凄く見たいです。
この2人の絆は強いって公式も言ってることですし、きっと彼女は殺女の存在に薄々気づいていたのでは?
そんな勝手な憶測ですんません。
殺女はなんかすげえいい人(?)だけど一応降魔なんだぜ! いや好きだけどさ!
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