危ない危ない、予想以上の長さとなりました。
皆様、時間配分は大切にしましょう……いや、マジで。
それでは、拍手返信と諸注意の後からどうぞ~!
【拍手返信(くらゆき)】
蘭華様
ついったでもお話しましたが、大丈夫でしたか~?
無事戻られたようで何よりです。無理はなさらないようにして下さいませ。
そして二周年お祝いありがとうございました! 何だかんだでやってこれました、これからも宜しくです!
マリかえも、うん……頑張る、よ!(汗)
それでは、メッセージありがとうございました!
今後も末永く、宜しくお願いいたしますです……!
拍手ありがとうございます!
皆様レニかえお好きなんですかっ!? いきなり増えてびっくりしました。有難いです頑張ります!
※注意※
・いつものように百合です。
・でもって今回はマリかえです。
・一応中盤に突入、もうすぐ終わるよ!
+++++++++++++++
『私もあなたを探してる』
5
「ちょっと織姫さん! わたくしの邪魔をしないでくださいまし!」
厨房の中に響いた甲高い怒鳴り声は、まな板の上で苺を潰していたすみれ。
「すみれさんこそお邪魔虫で~す! あぁッ! またやっちゃったじゃないですか!」
そんな彼女に臆することなく言い返したのは、隣で卵を割っていた織姫。
『やっちゃった』というのは、その手に握られた卵が怒鳴った勢いで潰れてしまったから。
ちなみに、連戦連敗であるのは言うまでも無い。
「わたくしのせいではありませんわ! 貴女の注意力が散漫だから悪いんですわ……っつ!」
お邪魔虫と言われて黙っている筈の無いすみれは勿論言い返したのだが、その言葉は彼女自身の
悲鳴によって遮られる。どうやら、包丁で指を突いてしまったらしい。
しかし彼女の手は既に苺まみれのため、そこに這いずる赤色のどれが血液であるのか、
遠目では分からない。
「ほら、よそ見してるからでーす!」
織姫はそうふんぞり返ったのだが、何の気なしにその手を腰に当てたが為に卵の黄色い染みがエプロンに
付着する。しかしそんな染みは既に数えきれない程付いている為、今更気にするほどのことではないの
かもしれない。
もういっそそれは黄色い水玉模様のエプロンであるとしても、何ら違和感はないのだから。
そんな事を考えながら二人の言い合いを遠くから眺めていたかえでは、ふうっと大きな溜息を吐いた。
ちなみにそんな争いも既に五回目。最初は律義にそれを諫めていた彼女であったが、こうも続いてしまうと
その気力すら失われる。
舞台女優という職業からか元々そういう性質だからなのか、彼女たちの甲高い声はよく通る。
そんな声で言い争われては諫める方はその度にそれ以上の声を出さなければならず、それではさすがの
かえでも喉をやられてしまう。
休みの日に喉を壊して次の日に支障が出ては、上司の面目が立たないのだ。
わんわんと室内に声を反響させながら言い争う彼らから視線を外し、かえではそれをまな板の上へ、
そして卵が入る筈であったボウルの方へと滑らせた。
まな板の上で潰された苺。それはかえでがすみれに『切ってくれ』と頼んだものである。
決して、それを潰せと言った訳ではない。彼女達はジャムを作る訳ではないのだ。
そして勿論、かえでは卵の殻入りのものが好みな訳ではない。単に割ってくれと頼んだだけである。
彼女は凄惨なその現場を改めて見まわして頭を抱えると、はぁ……とまた溜息を吐く。
その数が何度目であるか、もう覚えてはいない。
何故、こうなってしまったのだろうか。何故自分はこのような過ちを犯してしまったのだろうか。
その原因が自分自身にあると分かっている彼女は、ただただ数十分前の自身を呪うことしかできないので
あった。
あった。
「かえでさん。もう、かえでさん! 起きて下さいまし」
唐突に身体を揺さぶられたかえでが瞼を上げると、その視界にぼんやりと人影が映る。
未だ夢うつつの状態の彼女には、それが誰であるのかは分からない。
しかし彼女の口は、ごく自然にある人物の名前を呼んだ。
「まり、あ……?」
「なっ……失礼な。どうしてマリアさんが出てくるんですの!」
同時に響く、憤りを含んだ甲高い声。その声と口調からかえでが目の前の人物を把握したのと同時に、
彼女の瞳がその姿をはっきりと映し出す。
すみれが、かえでの顔のすぐ傍まで近づけていた。
その端正な顔の眉間に深い皺を刻んで。
「すみれ……」
「全く。人がせっかく風邪をひいてはいけないからと起こして差し上げましたのに、人違いをなさるなんて酷いん
じゃありませんこと?」
じゃありませんこと?」
すみれは見るからに不機嫌そうな顔で彼女を見つめると、そんなことを言いながらゆっくりと身体を起こした。
「ごめんなさ……ふぁ……」
かえでは詫びの言葉を述べながら自らの身体を背もたれから起こしたものの、それを遮ったのは大きな欠伸。
すぐに手を口元に開けたものの、あまり上品なものとはいえない。
「そんな大きな欠伸、はしたないです……わ……」
そんな相手の様子に、すぐさますみれが口を開いた。
しかしかえでの態度を咎めようとした彼女の言葉は、あろうことか相手と同じような大きな欠伸で遮られる。
慌てて口を抑えたすみれであったものの、目の前に居るかえでがそれを見逃す筈が無い。
「ふふっ、うつっちゃったみたいね」
くすくすと笑いながらかえでがそう言うと、すみれはバツが悪そうな顔で座ったままの彼女を見下ろす。
「煩いですわよ」
恥ずかしそうに少しだけ頬を染めた相手の表情があまりにも可愛らしかった為に、かえではなかなか笑いを
こらえることができなかった。
「もう、そんなに笑うなんて……意地が悪いですわよ」
「ふふっ……ごめんなさい」
目尻に溜まった涙を拭い、かえでは憮然としたままの相手にそう言葉を返す。
そうしてふと、自分の身体に毛布が掛けられていたことに気付いた。
それは眠ってしまう前には無かったもの。しかしそれは現にかえでの身体に掛けられている。
ああ、あの子が……と、かえでは心の中で呟いた。
その顔には、先程までのものとは少し異なる、まるで母親のような優しい笑みが浮かんでいる。
彼女がそんな顔をする時は、いつもその少女が頭を過る時。
掛けられた毛布をゆっくりと撫でている今この瞬間さえも、勿論例外ではない。
掛けられた毛布をゆっくりと撫でている今この瞬間さえも、勿論例外ではない。
「それよりかえでさん、何かお茶菓子をお持ちじゃありませんこと?」
どうやら機嫌を直したらしいすみれの問いかけに、かえでは顔を上げて視線を彼女へと移す。
「お茶菓子? どうしてまた」
「わたくしとしたことが、ティータイム用の焼き菓子を切らしてしまったんですの。確かに昨日まで、
箱に半分程入っていたと思っておりましたのに……」
箱に半分程入っていたと思っておりましたのに……」
頬に手を当てて溜息を吐くすみれの言葉に、かえでは少し前に誘われたティータイムのことを思い出す。
その時の紅茶のお供として出された恐らく外国産の焼き菓子は、海外での生活が長かったかえでですら
食べたことのないものであった。
その味は勿論、すみれの淹れた紅茶にも劣らない程。
しかしその風味を損なうものではなかった為、よくできたものだとかえでは関心したのである。
そしてつい食べ過ぎてしまい、体重が少しだけ増加したことは内緒の話。
しかし恋人には、何故かすぐに気付かれてしまったのだが。
「ああ、この間あなたに貰った……あれは美味しかったわね」
その味を思い出したかえでがそう言うと、見上げたすみれの目が輝く。
しまったと彼女はすぐに口をつぐんだのだが、もうとうに手遅れである。
「ええ、ええそうでしょうとも。この間お仏蘭西から取り寄せた、それはそれは高級なものですから」
腰に手を掛け口元に手の甲を当てて、大いに胸を張ったすみれはサロンじゅうに高笑いを響かせた。
聞き慣れたものではあるのだが、いざ目の前で披露されると疲れが溜まることこの上ない。
「はいはい。でも困ったわねぇ、私も今丁度切らしてるのよ。さっき丁度浅草に行ってたから、その時に何か
買ってこればよかったわ」
かえでは立ちあがってすみれを制すと、続けざまにその質問に答えた。
彼女の十八番を止めるには、会話の間を開けないことが重要である。
下手をすれば、文句を言われてしまいかねないのだから。
「浅草ですか。もう、仰ってくださればわたくしもご一緒致しましたのに」
そんなかえでの思惑通りに高笑いを止めたすみれは、かえでの肩に手を添えてそんなことを言い出す。
少しくらい人数が増えても何の問題も無かったのだが、如何せん急いでいた為にそれは不可能だったの
である。
それを詫びようとしてふと、かえでは相手が以前口にしていた言葉を思い出した。
「すみれ、庶民の味は口に合わないんじゃなかったの?」
少し意地悪なかえでの問いかけに、すみれは表情を一瞬だけ強張らせる。
こういう突っ込みを前にしてすぐに感情を表に出してしまうのが彼女の弱点とも言えるのだが、かえでにとって
それはとても好意的に受け止められた。
立場がある為に背伸びをしている彼女が、ここでは時折年相応の表情を見せられる。
それで彼女の枷がすこしでも軽くなれば、と。
もっとも、かえで自身がその反応を楽しんでいる、という面もほんの少しあるのだが。
「ま、まあそうですけれど……たまにはいいじゃありませんか」
どう言い返すのかと思えば、結局開き直ったらしい。
しかし慌てている彼女というものはなかなか見られず、そんな可愛らしい一面をもう逃してしまうのは
勿体ない。
そんな自身の悪戯心が顔を出した為、かえでは彼女に向かって更に追い打ちをかけようと口を開こうとした、
まさにその時である。
「あ~、かえでさんにすみれさん! 丁度いいところに居たでーす!」
2人とは全く別の声がサロンに響き、二人の視線がそちらに集まる。
その先には声の主が、嬉しそうに手を振りながらこちらへと駆け寄って来ていた。
「あら、どうしたの織姫?」
唐突な乱入によりすみれへの追及を諦めたかえでは、その身体に抱きついてきた織姫にそう問いかける。
突進してくる勢いはそれなりにあるのだが、付き合いが長いかえでは、彼女の挨拶代わりともいえるそれに
驚くことはほぼない。
「レニ見なかったですかー? もうっ、さっきから探してるのにぜんっぜん見つからないんでーす!」
「何か用でもあるんですの?」
織姫の問いに答えたのは、かえでのすぐ横に立っていたすみれであった。
それは真っ当な質問であり、彼女がそれを分からないのは当然である。
だがかえでは、何となくではあるものの織姫の次の言葉を予想していた。
「別に、ただ暇だったから一緒に遊ぼうと思っただけですよ」
やっぱり……とかえでは心の中で呟き溜息を吐く。
口数の少ないレニはよく織姫に振り回されており、その大体のきっかけは彼女の言葉そのものであった。
尤もその際はレニ自身が了承した上でのことが多い為、かえでも咎めることはしないのであるが。
そんなかえでを余所に、真っ先に口を開いたのはすみれであった。
「用も無いのに……全く、伊太利亜娘の気まぐれに付き合わされるレニも大変ですわね」
大げさに肩をすくませたすみれの言葉には、見事なまでの嫌味。
高笑いとともに十八番といえるそれを、流すことのできる人間とそうでない人間の二パターンがメンバーの
中には居る。
年長者であるかえでは勿論前者なのだが、メンバーの中でも年下の部類に含まれる織姫がそうである
筈がない。
「中尉さんをしょっちゅう荷物持ちに使うすみれさんよりマシでーす!」
売り言葉に買い言葉。こうなってしまえば、もう日常風景とも言えるすみれと誰かの言い争いになるのは
明白である。
なまじ気が強いメンバーが多いだけにそうなることは避けられず、また本人たちにとっても既にコミュニケー
ションの一環となっている節があるのだが、巻き込まれた方はたまったものではない。
はぁ、とかえではまた溜息を吐いた。
「あら、中尉は喜んでわたくしのお買いものに付き合って下さるんですのよ。わたくしは貴女のように、
無理やり付き合わせている訳ではありませんわ」
気の強い女性陣の筆頭である彼女に言われては、そりゃあ押しに弱い後輩は従わざるを得ないだろう、
とかえでは心の中で考える。
有事の際は頼りになる花組隊長であるが、そうでない時には本当に弱い。
いや、花組の個性が強すぎるのが原因とも思われるが。
「え~! でもこの間、毎日のように大荷物持たされたせいで腰が痛いって言ってましたけど?」
そんな顔は一切かえでのまえで見せなかったのだが、もし本当なら今度マッサージでもした方が
いいだろうか。
周りに振り回された披露が蓄積され、倒れられでもしたらたまったものではない。
「お黙りなさい!」
どうやら、図星のようである。
かえではその場に居ない大神に向かい、心の中で手を合わせた。
「はいはい、もう分かったから。織姫、そんなに暇ならこれから私達を手伝ってちょうだい」
流石に聞いているのもうんざりし始めたかえでは、二人の間に入って争いを諫める。
そして火種の片割れである織姫に向かってそう声を掛けた。
「え~!」
手伝いの言葉に嫌な予感がしたのか、織姫は口をへの字に曲げてあからさまに嫌そうな顔をする。
言い方が悪かったかしら……とかえでが考えた時、今度はすみれが彼女にこう問いかけた。
「私達、と仰いますと……」
「ええ、勿論すみれもよ。せっかくだから、これからお茶菓子を作りましょう」
お菓子という言葉を聞いた途端、織姫の表情が一瞬で明るいものへと変わる。
「お菓子作るんですか! それならワタシも手伝うでーす!」
ぴょこぴょこと跳び跳ねながらかえでに再び抱きついた彼女は、元気にそう言って右手を上げた。
かえではにっこり微笑むと、彼女の黒い髪をその掌で優しく撫でる。
「あらあら、さっきは嫌そうだったのに」
「そんなこと気にしちゃ駄目ですよ」
かえでの言葉に少しだけ舌を出した織姫はかえでの傍を離れると、辺りでくるくると回りはじめた。
すみれもそうなのだが、やはり立場というものがあると背伸びをしてしまいがちなのだろうか。
少しくらい肩の力を抜いても、誰も咎めはしないのに……。
無邪気にはしゃぐ織姫の方を見つめながら、かえではふとそんなことを考えていた。
「全く、あんなにはしゃいで。」
先程まで言い争ってはいたものの、それでも後輩のことは可愛いと思っているのか、すみれの眼差しが
少しだけ柔らかいものになる。
そんな彼女の様子を、隣に立つかえでは見逃さなかった。
「でもかえでさん、今からお茶菓子を作るなんて……ティータイムの時間に間に合うんですの?」
暫く視線を織姫へと向けていたすみれが、ふとかえでの方を見て問いかける。
はっとしたかえではすぐに時計を見、そしてほっと息を吐いた。
時間はまだ2時にもなっていない。彼女が眠っていた時間は、思ったよりも短かったようである。
これなら、少しくらい凝ったものでも作ることができる筈だ。
これなら、少しくらい凝ったものでも作ることができる筈だ。
「材料を見て間に合いそうなものを考えるから、多分大丈夫。それに買ったものも美味しいけれど、自分達で
作った方が温かくて美味しいと思って」
「それもそうですわね。ふふっ、腕がなりますわ」
かえでの言葉に安心したのか、すみれの顔にも笑みが浮かぶ。
いつもそうしていれば可愛らしいのに……とかえでは心の中で呟き、そしてすぐに思いなおした。
意地っ張りで天邪鬼、しかし時折こんな顔を見せるからこそ……彼女は神埼すみれなのである、と。
「何だ何だ、美味そうな話してんな」
楽しい話題は人を集めるもので、織姫に続き今度はカンナが顔を出した。
織姫がそちらに向かって駆け出していくのをかえでは見守っていたのだが、ふと隣の人物のことを思い出した
途端、彼女の表情は曇る。
「あらカンナさん。食べ物の話になるとすぐに出てくるんですのね。流石、脳味噌が胃袋でできているだけは
ありますわ」
予想通りの嫌味溢れるすみれの言葉に、またか……とかえでは頭を抱えた。
たまたま通りかかったカンナに全く罪は無いのは百も承知なのだが、こうも口喧嘩を続けて聞く羽目になると、
思わず愚痴をいってしまいそうになる。
思わず愚痴をいってしまいそうになる。
「にゃんだとう! あたいの脳味噌のどこが胃袋だってんだよ!」
再びかえでの予想通り、カンナはすみれの言葉にそう言い返した。
普段の彼女はマリアと同様に頼れる存在なのだが、どうしてすみれ相手となるとこうも喧嘩腰になって
しまうのか。
しまうのか。
何か原因があるのなら誰かに聞いてみよう、とかえでは心の中で誓った。
「あら失礼、胃袋と筋肉でしたわねぇ。本当に、食べる事と暴れることしか頭に無いんですから」
水を得た魚のように、すみれは早口でまくしたてる。当然、先程のような高笑いも忘れてはいない。
よくもそこまで悪口のバリエーションがあるものだ、とかえでは頭を抱えつつも感心していた。
既に劇場内の日常生活の一コマとなっている二人の言い争いなのだが、毎日のように聞いていても
前回と同じ単語は殆ど出てこない。
まあ、本人たちが気付いているのかということは、かえでには分からないのだが。
既に劇場内の日常生活の一コマとなっている二人の言い争いなのだが、毎日のように聞いていても
前回と同じ単語は殆ど出てこない。
まあ、本人たちが気付いているのかということは、かえでには分からないのだが。
「そんな訳ねえだろ! おめえこそ、腹に狐とサボテン飼ってるんじゃねえのか! しょーもねえ悪口ばっか
考えやがって」
かえでにしたのと同じように抱きついて来た織姫を引きずりながら、カンナはすみれの方に一歩一歩
近づいてゆく。
そして引きずられた方の織姫はといえば、そんなことには慣れっこになっているのか、ニコニコしたまま
ズルズルと彼女に引きずられていた。
日常のこととはいえ、かえでは彼女の適応能力に感心せずにはいられない。
「きぃぃぃぃぃ! わたくしのどこが意地悪だっておっしゃるんですの!」
こちらも負けじとばかりに、じりじりとその距離を縮めた。
「こういうところが意地悪だって言ってんだよ、この性悪女!」
そしてカンナがそう叫んだ時には、彼らはお互いの顔をあと数センチの距離まで突き合わせ、睨みあう形に
なっていたのである。
一触即発の状況の中、かえでは大きな溜息を吐いた。
しかし放っておく訳にもいかない。
彼女は二人の方へと駆け寄ると、目と鼻の先まで迫ったその顔を遮るように右手を下ろした。
「はいはいはいそこまで! いい加減にしなさい」
怒鳴り合っていた2人よりも大きな彼女の声に、二人は一旦睨みあうのを止めてお互いにそっぽを向く。
勿論その表情からは、納得できないといった感情がありありと感じられた。
しかし、流石は華撃団の副司令といったところか。
かえではそんな2人の視線など意に介することなく、スタスタと二人の間を通り抜ける。
今はそうでも時間が経てば元に戻るのだ。いちいち気にしていては精神が持たない。
「すみれ、止めないと置いて行くわよ」
通り抜けた瞬間に再び睨み合いをはじめたすみれに向かい、かえでは振り返りざまに言う。
「あら、かえでさんまでつれないことを仰らないでくださいな」
その声に反応したすみれは、カンナに向かってペロリと舌を出すとすぐに彼女の方へと駆け寄った。
そしてその後ろからは、同じように織姫が。
どうやらこれでようやく、厨房へと向かうことができるらしい。
「何だよ、おめえらだけで美味いモン喰うなんてズルイぞ!」
唯一状況の分かっていないカンナが、不満げな声を上げた。
どうやら彼女は先程のすみれが言うように、食べ物の匂いだけでここに乱入してきたらしい。
言葉に匂いは無い筈なんだけど、という前置きの後、かえではようやく落ち着いた口調で彼女に説明した。
「違うのよカンナ。食べるんじゃなくて作るの」
「作るぅ?」
首を傾げたカンナのとぼけた顔に、思わずかえでの顔に笑みが浮かぶ。
たまに浮かべる純粋な子供のような表情は、彼女の魅力の一つに違いない。
「ちょっとお茶菓子を。勿論皆の分を作るから、少しだけ待っててちょうだい」
口元に手を当ててかえでが言うと、カンナの目がキラキラと輝いた。
もうその表情に、先程まですみれに対して憤っていた彼女の面影は微塵も無い。
尤も、今朝かえでの目の前で見せていた鬼気迫る表情に関していえば、まるで別人のそれなのだが。
「おおっ、何だかよく分かんねえけど美味そうなモンなんだな」
「もっちろんで~す! 目ん玉が落ちちゃいますよ!」
嬉しそうなカンナの声に、織姫が続く。慣用句がどこか間違っているのはご愛敬、といったところだろうか。
「それを言うならほっぺ。そうだ、カンナ悪いんだけどこれ……片づけておいてくれない?」
すぐさまかえでは、織姫の言葉を訂正した。長年の付き合いのせいで保護者のような感覚に陥っている
彼女としては、さすがに愛敬だけで見過ごすことはできない。
そして続けざまに、手にしたままの毛布をカンナの方へと差し出した。
「ん、ああ。お安い御用だ」
「ありがとう。それじゃあ、後で食べに来てね」
すっかり気を良くしたらしいカンナは、嫌な顔ひとつせずにそれを受け取った。
その口からは『お茶菓子お茶菓子~』と嬉しそうな鼻歌が漏れている。
「くれぐれも、つまみ食いをしにいらっしゃらないでくださいましね」
そんな彼女に向かい、かえでの隣に居たすみれがトドメとばかりにくぎを刺す。
しかし既に疲れ果てていたかえでには、それを咎める気力すら残ってはいない。
普段あまり小言を言わない人間にとって、叱るという行為はかなりの気力を費やすのだ。
「うるせえ、分かってるよ! おめぇこそ、せっかくのお茶菓子焦がすんじゃねえぞ!」
そんな彼女に向かい、カンナも当然ながらそう言い返す。
すみれは再び振り返ったのだが、かえでがその手を掴み無理やり引っ張って行ったが為に、それ以上の
応酬が行われることは無かった。
これで一件落着かと思われたのだが、かえでの脳裏にはカンナの最後の言葉が引っかかっていた。
アイリスやレニと同じように『お手伝い』を頼んだものの、織姫やすみれは全くといっていいほど料理が
できない。
かえで自身それぞれと共に調理をした経験はあるのだが、見る限りでは最も年少である筈の2人の方が
よっぽど腕がよかった記憶がある。
そんな2人を、偶然だったとはいえかえでは自らの腕として同時に使うこととなった。
果たして1人の時ですら目が離せなかった彼らを、上手く扱うことができるのだろうか……?
一抹の不安を抱えながらも、かえでにはまだ勝算があった。
確かに彼らの腕は半人前以下かもしれない。しかしそれが集まれば、ある程度の力を発揮するのではないか、
と――
そして今、かえでは自らの詰めの甘さに愕然としていた。
彼女達の腕は半人前以下どころか、共にマイナスの数値だったのである。
1人についていればもう1人が何かをやらかす。
2人同時に見ていればやれ触っただの煩いだの、瞬く間に言い争いが勃発する。
しかし離せばまた、見張っていない方が何かをやらかす。
マイナスとマイナスを足してもマイナスにしかならない。
そんな数学の世界での常識を、かえではこうして身を持って体感することとなったのだった。
かえでが諫めることが無い為、言い争いは先程からずっと続いている。
思えば目を覚ましてからずっと、かえでは慣れない喧嘩の仲裁ばかりしていた。
誰もいなければその役目を負うものの、数時間のうちにここまで連続して行うことはまず無い。
誰もいなければその役目を負うものの、数時間のうちにここまで連続して行うことはまず無い。
だがよく考えれば、普段から日常的に起こっている主にすみれの近辺から発生するこの手の争いを
誰が諫めているのか。
当事者になることが多いすみれとカンナ、そして織姫を除き、彼らより後輩であるさくらと紅蘭を除く。
そして年少であるレニとアイリス、そしてこの手の争いが苦手な大神を除けば……残るのはたった1人だ。
マリア、お願い助けて……!
かえでは心の中で必死にそう叫ぶのだが、このような時に求めている人物が現れるのは、物語の中だけ
である。助けを求めようにも、現在の彼女を助けるものは居ない。
しかし彼女はこの場を諫め、調理を終わらせなければいけないという義務があった。
皆でティータイムを楽しむ為にも。そしてできることなら、温かい紅茶と温かいケーキで、いつか戻るであろう
恋人を迎える為に。
「すみれ」
「はい、どうされましたかえでさん」
よく通る声で名を呼ばれたすみれは、すぐにこちらを振り返る。
そんな彼女に向かい、かえではこんな指示を出した。
「こっちはいいから、あそこに置いてある洗い物をお願い」
指を指した方向には、汚れた食器の山。陶器やガラス類はまだ出して居なかった為、落として割ってしまう
心配は無い。
しかし洗い物という仕事は重要ではあるのだが、焼き菓子づくりには全く関わりの無いことであった。
「えっ……!?」
事実上の戦力外通告を受けたすみれは絶句し、皿の方へと視線を向けたままで固まる。
「あ~!すみれさん電力外通告ってやつですね~! あ~あ、犬の手にもなれないなんて」
「織姫」
先程まで言い争っていた相手の降格を笑っていた織姫にも、かえでは新たな仕事を任せてようと考えていた。
「もう卵割ってあるから、取り敢えず白身が真っ白になるまで混ぜてちょうだい」
キラキラとした瞳で振り返った彼女に渡されたのは、卵白の入ったボウル。
それをメレンゲ状にするのも勿論重要であるが、一旦それを始めればかかりきりになってしまうことは
否めない。時間が掛かる上に果てしなく地味な作業である。
「はぁっ!?」
「ふんっ……貴女こそ、戦力外通告ですわ。猫の手にもなれなかったじゃありませんか」
同じく絶句した織姫に、すみれがすぐさま茶々を入れる。
言葉は違えど全く同じ内容を言っているところを見ると、余程自らへの通告がショックだったのだろう。
しかし、かえではその指示を曲げようとは思っていない。
「かえでさ~ん! ワタシもっと難しいことできるてーす!」
このように織姫が泣きついてくることは、長い付き合いであれば予測できる。
「わ、わたくしだってこんなイタリア娘などよりずっと……」
いくらショックであるといえど、織姫に言われてはすみれも黙ってはいないだろう。それも十分予測済みだ。
当初、彼女達に任せた作業を全てかえで自身が担当しようと思っていた。
そして彼女達には生地を混ぜ、型に入れ焼き上げるまで、主に調理の主役となる作業を任せようと
考えていたのである。
しかし卵を割り苺を切るという最初の段階でここまで時間が掛かっては、いつまで経ってもお菓子は
出来上がらないのだ。
かえではその完成を待つ皆の為、心を鬼にするという苦しい選択をしたのだった。
出来上がらないのだ。
かえではその完成を待つ皆の為、心を鬼にするという苦しい選択をしたのだった。
「2人とも、早く配置に着きなさい!」
まるで戦闘さながらの迫力で、かえでの口から指示が飛ぶ。
『り、了解!』
いきなりの豹変ぶりに驚いた二人ではあったものの、これまでの戦闘や日々の訓練を身体が覚えている
らしい。素早い動きで配置に着いた彼らは、かえでの指示通りの作業を着々とこなしていった。
「じゃ、お願いね」
やんわりとした口調で言ったかえでは、卵黄の入ったボウルに砂糖を入れ、自らも黙々と作業を始める。
かえでの予想以上に調理はスムーズに行われ、どうにか彼らはひとつのケーキを完成させたにだった。
こうして出来上がったシフォンケーキが皆に好評だったことも、そしていかにも自分がそれを作ったというように
2人がふんぞり返ったことも、もはや言うまでも無いだろう。
しかし当のかえでは、殆ど自分一人で作ったケーキを口にすることができなかった。
こうして出来上がったシフォンケーキが皆に好評だったことも、そしていかにも自分がそれを作ったというように
2人がふんぞり返ったことも、もはや言うまでも無いだろう。
しかし当のかえでは、殆ど自分一人で作ったケーキを口にすることができなかった。
その完成と同時に厨房に駆けこんできたレニが、彼女にしては珍しい必死の形相で、かえでに助けを
求めたのである。
+++++++++++++++
長ぇ、ギャグパートなのに長ぇ!
取り敢えずすみれちゃんのお高いお菓子を食べたのは、カンナと姫辺りだと思います。
それでは皆様、また明日。
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