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クリスマスネタ2本目、マリすみバージョンです。
1本目のマリかえバージョンはすぐ下の記事ですので、ご自分の好みに合ったものをお読みくださいませ。

注意事項はいつもの通り、がっつり百合になっていることです。
一呼吸置いてよくお考えになってから、ボタンをクリックして下さいませ。

(俺、あと1本書き上げたら幻水とうぃ~を楽しむんだ!)



+++++++++++++++


クリスマス公演を間近に控えた、大帝国劇場。

本番を前にした最終調整が行われ、正に『師走』という通りに人々が慌ただしく走り回っている。

それは、花組の娘役トップであるすみれも例外ではない。

今日行われるメンバー全員での稽古を前にひとり音楽室に籠った彼女は、
公演で歌う曲の自らのパートの最終確認を行っていた。
 

もう何度も読み返したためにボロボロになってしまった楽譜を手に持ち、最初の音をポロリと鳴らす。

すぐにハミングでその音を取りピアノのそれと重ねた彼女は、すっと息を吸って歌い始める。

曲目は『アヴェ・マリア』。
公演の終盤に少人数で歌われる予定の、クリスマスに相応しい曲であった。


だがその歌詞に使われている言語は、すみれが使い慣れた日本のものではない。
使い慣れていない言葉による歌は母国語のそれよりも遥かに難しく、トップであるすみれでさえ、
音を取るだけで普段の倍以上の時間が掛かってしまった。


それでも、時間が限られている事に変わりはない。

ロスをしてしまった分の時間を取り戻す為今のような自主練習の時間を増やした彼女は、
その甲斐あって他のメンバーに迷惑を掛けることもなく順調に稽古を進めていた。

そして本番直前となった今日は、彼女の最後の自主練習の日。


本番で最高のコンディションを発揮するためには、今は少しでも体力を温存する必要がある。
時間外の無理な練習は、この時期には命取りになることもあるのだから。



使いなれた音楽室に、澄んだ高い歌声が響く。
一本の美しい旋律を一言の狂いも無く奏でるすみれの姿は、自他共に認めるトップスタアそのものであった。
 
そんな美しい歌声の響く部屋の扉が、不意にかちゃりと開けられる。
扉に背を向けている形のすみれは、自らの歌に集中している為かそれに全く気付いてはいなかった。

だが部屋に入ってきた人物が自然な形でその声に自らの声を重ねると、すみれははっとして歌を止める。

彼女が振り向いた先で、マリアがひとり歌っていた。

主線を歌わない彼女の旋律には主線律特有の華やかさは無いものの、マイナーパート特有の
優しく重い歌を奏でている。


歌い続けるマリアの方を、すみれは不機嫌そうにキッと睨み付けた。
だがマリアはそれに臆すること無くにっこりと笑みを浮かべると、共に歌おうとでも言いたげに
手で指揮を振り始める。

「……」


無言のまま、すみれはマリアの顔を見つめる。
そしてひとつため息を吐くと、マリアの振る指揮に合わせてもう一度旋律を紡ぎはじめた。
 
今、狭い部屋の中で、二つの旋律が重なり合う。

高く澄んだ主線律を、低く優しい旋律が支える。

反発しあう事なく溶け合った二つの旋律はまるで天使の歌声であるかのように響き合い、
観客の居ない部屋の空気を満たしていった。
 
 
+++++++++++++++

 
「お忙しいんじゃありませんの? 貴女は花組の副隊長なんですから。」

未だ余韻の残る部屋の中で、すみれはたっぷりと皮肉を込めた問いかけをマリアにぶつける。

するとマリアはすみれの居る方へと歩み寄りながら、口元に笑みを浮かべてその問いに答えた。

「忙しいわよ。……でも、あなたに私の名前を呼ばれたから。」
「か、歌詞のマリアは聖母マリアですわよ。誰も貴女なんて呼んでおりませんわ!」

思いも寄らなかった答えにすみれは一瞬だけ言葉を詰まらせ、すぐ傍まで近づいて来た
マリアから一歩後ずさる。


しかしマリアはすぐに彼女の手をとると、ぐっと力を入れてその身体を引き寄せた。

「そんなこと、関係無いわよ。」


すみれの目と鼻の先でマリアはそう呟くと、その頬に手を添える。
肌に掛かる相手の吐息の暖かさに気恥ずかしくなったすみれが強く瞼を閉じると、
その唇が暖かいものに塞がれた。

「あなたがその唇で呼ぶ『マリア』は、他の誰がどう思っていようが……私のことだと思っているから。」


ほんの一瞬の口付けの後、マリアはすみれの耳元でそう囁く。

「だからあなたが舞台の上で大勢の人を前に私の名前を歌うこと、とても楽しみにしているわ。」

そう言って満足そうな笑みを浮かべたところで、マリアは掴んだままのすみれの手を解放し、
その指先で相手の顎をつついて上げさせる。


誘われるがままに顔を上げたすみれの頬は、耳の先の辺りまで真っ赤に染められていた。

その表情に、再びマリアはクスリと笑う。
そしてその赤い耳元で、こう小さく囁いた。

「あなたは誰を思い描いて、『マリア』の名を歌っているのかしらね?」
「……うるさいですわよ。」

顔はまだ赤いものの少しずつ普段の調子を取り戻したのか、すみれはマリアの顔を睨み付ける。
その表情を見て心底愉快そうに笑ったマリアは、それ以上彼女に触れること無くその場から離れた。

そして振り返る事なく彼女に手を振ると、マリアは顔の赤いままのすみれを残したままで部屋を出る。
 


「……そんな事わざわざ聞かなくても、もう貴女はご存知なのでしょう?」
 

誰も居なくなった部屋ですみれがひとりそう呟く。
それは『彼女の』マリアが部屋を出た、暫く後のことであった。


+++++++++++++++
『アヴェ・マリア』にかなり多くの種類が存在するなんて知りませんでした。
こういうネタは多神教の日本人にしか扱えませんよね……(汗)
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