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間に合った~ということで、マリアさんおめでとうございます!
いや、ギリギリじゃないですよ……? ちゃんと午前中にはできあがってましたから!
(それでも危ないのは変わらない・笑)

しかし全く示し合わせていないのに、今年のマリア誕はお互い受けマリア(ネタばれ注意報?)っぽくなったね
相方様☆やはり祝われる側がそうなるのは必然なのだろうか?

ではでは、前置きはこれくらいにしてちゃんと簡潔したマリア誕をお楽しみくださいませ!

あ、大事なこと忘れてた……!
こんなまったり&誕生日のくせに暗めの更新であるにも関わらず、拍手ぱちぱちありがとうございました!

でも皆様、マリア誕生日は素敵特設サイト様に行ってみるといいんだぜ!
マリアさん満載でニヤニヤできること間違いなしです。
私もニヤニヤしてくるよ! マリアファンの方は是非……!

注意
・マリかえ百合まっしぐらです
こちらこちらの記事から先に読んで頂くと、ちょっと楽しいかもしれない(特に後者)
・誕生日なのに暗いのは、ご愛敬……ということで(汗)

【本日の戯言66】
あやマリ→精神的にもそういう意味でもあやめさん攻め
マリかえ→そういう意味ではマリア攻め大プッシュだが、精神的にはどっこいどっこいでもいいかも。
       その流れでそういう意味でかえでさんが攻めになるっていう展開は大好きですぜ!
かえすみ→両方共かえでさん攻めだけど、結構要所要所ではすみれさんの押しが必要。
       (馴れ初め然り初夜然り引退然り……その辺の導入はすみかえな気がする)
マリすみ→マリア攻め以外考えられない\(^o^)/




+++++++++++++++


六月十九日という日の朝を、大帝国劇場の面々の殆どは慌ただしく迎えていた。

まずは事務局である。
稀代のトップスタアの誕生日でもあるこの日、多くのファンから届けられた贈り物ををひとつひとつチェック
していた。この機に乗じて華撃団の存在を脅かすものが送られてこないとも限らないのである。

しかし贈り物もさることながら、それ以上に膨大な量の書簡を点検するのは骨の折れる作業だった。
封筒を開けて中身を見ることができない為紅蘭の発明した『発見くん』書簡を通すだけなのだが、
それでもこの量は辛い。

その為とても風組だけでは手が回らず、華撃団の隊長兼モギリの大神をはじめ、何人かの花組メンバーや
裏方達が事務局を手伝っていた。

そして普段ならその手伝いに回ることが多いかえではといえば、その日は朝からの賢人機関の呼び出しに
応じる為にバタバタと身支度を整えていた。

キッチリとした軍服に身を包み軽い化粧を施していると、コンコンとドアがノックされる。

「は~い、開いてるわよ」


薄い口紅を塗っていた最中であったかえでは、ドアの方を見ることなくその音に答えた。

「失礼します」

だが、室内に響いた声に一瞬ぴくりと彼女の手が止まる。
開くドアの方を鏡越しに見つめれば、そこには昨日の昼過ぎから会話らしい会話をしていない
マリアの姿があった。


その胸には、美しく飾られた鉢植えの花。
恐らく彼女に届けられた誕生日の贈り物のひとつなのだろう。


勿論かえで自身も、以前からそれを準備している。
しかし例年なら日付が変わった時点で彼女に渡している筈なのだが、今回は昨日のことがあり未だに渡す
タイミングを計りかねていた。

「何か、用事?」

彼女から昨日のような憤りも、そして自嘲的な雰囲気も感じ取ることが無かったかえでは、
ふとそんなことを考えながらもきちんと口紅を塗り終え、立ち上がる。

そして振り返りざまにゆっくりとマリアの方へ近づくと、既に何歩か部屋に足を踏み入れていた相手は
何を思ったのか、彼女の方にその鉢植えを差し出した。

「えっ……!?

目を丸くしながらも反射的にそれを受け取った彼女に、マリアはふと綺麗な笑みを浮かべる。
それは、昨日の少女や劇場を訪れた多くのファンが目にする、トップスタアとしての彼女の表情であった。

「お届けものです、あなたに」

質問の意図が分からないかえではしばし呆然としたものの、すぐにマリアが宛名カードを指した為、
それに導かれるように彼女は視線を移す。


そこに書かれていたのは、マリアでは無く自らの名前。
そして送り主は、軍部で挨拶を交わす程度の付き合いのある同僚であった。

「私の誕生日プレゼントに混ざっていたので、こちらに届けました。……宛先を間違えるなんて、
向こうは大分疲労が溜まっているようですね」

呆然としたままのかえでに向かい、マリアは苦笑交じりに呟く。

「マリア……」
「私は誕生日だからと断られてしまったんですが、流石に悪い気がするので手伝いに行ってきます」

うわ言のようにかえでが彼女の名を呼ぶと、まるでそれが聞こえなかったかのように踵を返した。

「マリア、待っ……」

今にも部屋を出て行きそうな相手の服の裾を、かえでは掴もうと手を伸ばす。
かわされるかもしれないと思われたその指先は、ギリギリのところでその責務を全うした。

「気を付けて行ってきてください、かえでさ……」

掴んだ裾を強く引くと抑揚の無くなったマリアの言葉が止み、やがて彼女はほんの少しだけ首を傾けて
かえでの方を見た。

「マリア……待って、お願い、これは……」

相手の脳裏に浮かんでいるのでろう疑惑を否定するため、かえでは必死に言葉を探す。

だがそんな事実は全く無いにも関わらず、いきなりの波紋に混乱した彼女の脳裏に浮かんだそれは、
どれも全て言い訳にしか聞こえないものであった。

「分かっていますよ、分かっていますけれど……」

言葉を失ったかえでの代わりに、マリアはまるで自分に言い聞かせるようにゆっくりとした口調で呟くと、
服の裾を掴んでいたその手に柔らかく自らの手を添える。
そしてゆっくりとかえでの指を自らの服から外していったのだが、俯いている為その表情は
かえでの位置から垣間見ることはできない。

「今は、聞きたくありません」

はっきりと拒絶を示したマリアの言葉と同時に、かえでの指は完全に解かれる。
軽く一礼して部屋を出た彼女を、かえでは追いかけることなどできなかった。

悪いことは一度では無く何度も続くとはよくいったものだが、まさかここまでとは……!

かえでは鉢植えを胸に抱きしめたまま、静かに閉められたドアの内側見つめへなへなと崩れ落ちた。


+++++++++++++++ 
 
 
食堂に高らかと鳴り響いたクラッカーの破裂音。
そして満面の笑みを浮かべて、次々と祝福の言葉をかけてくる仲間達。

「みんな、ありがとう」

両手いっぱいの贈り物とそれでは足りない程の祝福の言葉に、マリアは心から嬉しそうな笑みを浮かべて
そう感謝の言葉を述べた。


そして今この場にかえでが居ないという偶然に、心の中で深く感謝する。

もしこの場に彼女が居れば、きっと皆と変わらない笑顔で自らに祝福の言葉をかけるのだろう。
もしそうであったとしたら、いくらマリア自身が役者であるといえどもずっと笑って居られる自信が無かった。

その証拠に、楽しい時が過ぎ祝宴も終盤に差し掛かったその時、『遅いぞ~!』と皆に野次られながら入って
きたかえでとのやり取りは、自らが本当に『役者』であるのかと疑わしくなるくらい酷い演技だったのだから。

「マリア、おめでとう」

言葉と共に不自然に差し出されたプレゼントを受け取った自らの仕草は、あまりにも硬すぎる。
もしも稽古で誰かがそんな演技をしたのなら、必ず自分は指摘をするだろう。


しかしマリアは、それを改善することができない。
普段ならばまるで子守唄のように心地よい筈の相手の声が、今は耳を塞ぎたくなる程に彼女の感情を
掻き乱すのだから。

「……ありがとう、ございます」

こみ上げてくる感情をぐっとこらえ、マリアは無理やり声を絞り出すと意を決してかえでの方を見下ろす。


だがその視線が相手のそれと重なることは、一度も無かったのである。


祭りの終わった後の会場はどこか物悲しさを感じると、マリアは以前誰かと話したことがあった。


確かについ数時間前まで賑やかだった食堂には既に誰もおらず、また照明も落としてしまったが為に
殆ど真っ暗の状態。唯一入って来る光は廊下を照らしている照明のみで、厚い雲に覆われた空からは
月の光すらも届いてはいない。

静かで、冷たいこの空間。
先程までの暖かさを知っているせいか、普段より余計にそう感じてしまう。

そんな場所で何故か、マリアは一人椅子に座りじっと窓の外を見つめていた。
主役でありながら後片付けを手伝った彼女は、酒の力やはしゃぎ疲れで眠ってしまった仲間を全て自室に
帰らせ、それからじっとこの場所を動いてはいなかった。

最後まで残り後片付けをしていたさくらがここを出てから、もうどれくらいの時間が経ったであろうか。

それをもう思い出すことはできないほど彼女は長い間ここの居たのであるが、それでもマリアは何故か
1人きりになる自分の部屋に帰りたくはなかった。
この場所に居ても一人きりであることに変わりは無い筈なのに。

結局昨日から止むことのなかった雨は、日中よりもずっとその勢いを増して降り続いている。
ガタガタと窓を叩くその様子をじっと見つめていた彼女は、ふとテーブルの上に視線を移した。

そこには、昨日の夜に彼女のよって捨てられた哀れな指輪が、ひとつ。

あの後踏みつぶしてしまおうかとも考えたマリアであったが、結局あの日はふたつの指輪から視線を反らして
シーツの上へと潜り込んでしまったのである。  

そしてふたつの指輪は、その視線に耐えられなかったマリアが服のポケットにねじ込むまで、
昨日と同じ場所でじっと寄り添い彼女を見つめていた。

そう、あの時――マリアへと贈られたプレゼントの中に紛れこんだ異物を彼女が見つけた瞬間も、
彼らはじっと絶望する彼女を見つめていたのである。


つう、とマリアはその細い指でテーブルの上の指輪をなぞると、その手に金属の冷たい感触が宿る。
少しだけ力を入れてそれを立たせれば、くるくると回ってその上を舞い踊った。


その様子を、マリアはただぼうっと見つめている。そそしてその脳裏には、ただ一人の人物の顔が
浮かんでいた。

「……マリア」

雨の音だけが響いていた室内にマリアものではない声が響いたのは、舞い踊っていた指輪が舞台の上に
ころりと躓いた時である。

彼女は振り返ることも、そして返事をするということさえもしなかった。

すると声の主はゆっくりと扉を閉め、明かりを点けることもせずにマリアの座るテーブルへと近づいてくる。
そして、彼女と向かい合わせになる位置に腰を下ろした。
視線を落としたままのマリアの視界には、相手の首よりも下の身体しか捉えない。
軍服から普段着へと着替えてはいたものの、彼女はどうやら未だ寝る支度をしていないようである。

「これ、覚えていますか?」

倒れた指輪を再びピンと立ち上がらせると、マリアは相手にそう問いかけた。

「……ええ」

食堂に入ってきてからというもの一言も一切口を開かなかった相手が、小さな声でマリアの問いに答える。

「これを買った時、年甲斐も無くはしゃぎましたよね。夜中に2人で交換したりして、結婚式の真似事を
したこともありました……まるで子供みたいに」

くるくると指で指輪を転がしながら話すマリアの脳裏に、その言葉通りの情景が映る。


世間から許されることなどなく、一生叶わないその夢。
せめて二人きりの夜くらいはその夢物語に浸っていたいと思い、二人は互いの左手にその指輪を嵌めた。

それはいくら遊びであったとはいえ、マリアは心の中で本当に彼女に誓いを立てていた。

「ええ、そうだったわね」

その声に少しだけ視線を上に向けると、彼女の口元が少しだけ上を向いているのが分かる。
それは、きっと普段と変わらない相手の微笑みなのだろう。


だが今のマリアには、その微笑みが自らの感情を嘲笑っているように感じられた。

湧きあがって来る激情を、心の中で必死に抑え込む。
やがてパタリと指先で指輪を倒したのと同時に、彼女は今まで聞くことができなかったことをやっと相手に
問いただした。

「……どうして、外してしまわれたんですか?」

思えば、事の発端はそれなのである。


確かに彼女の首に掛けられていたそれは、マリアが気付いた時には既に消えていた。
煩わしかったのか、それとも金属の部分が肌に合わなかったのか……様々な理由を彼女は考えていた
ものの、相手が何も言わなかった為にその理由は分からず仕舞い。

相手は正当な理由があればすぐにマリアにそれを伝えるという律義な性格であるだけに
彼女の不安は日に日に増していった。
だがそれと同時に自らの予感が当たってしまうという恐怖感も比例して大きくなっていってしまったが為に、
今までずっと彼女は相手にそれを聞くことができなかった。

「それは……」

相手の口から声が漏れる。

しかし更なる不安要素を持っていたマリアは、相手の言葉を待つことができなかった。

「それだけじゃありません。どうして……あなたの指輪がここに、あるんですか?」

感情からひっくり返りそうになる声を必死で抑えつつ、同時にもう一つの指輪をポケットから取り出すと
相手の目の前に突きつける。

その時になって初めて、マリアは相手の顔を視界に入れた。

「……それ、どこに!?

今にも泣きだしそうな瞳が零れ落ちてしまいそうなくらいに目を見開いてそれを見ると、かえではすぐに
顔を上げてマリアを見る。

そこで初めて、二人の視線は重なった。

自らの瞳に映るかえでの瞳は、ただただ真っ直ぐマリアにその想いを伝えるのみ。
それ以外には何もないのだということが、彼女にも痛いほど伝わってきた。


自分はこの人にこんなにも愛されているのか、マリアはそう心の中で呟く。
そしてその事実に耐えきれずに、彼女はかえでからすぐに視線を外した。

「この間、アイリスが届けてくれました。現物を知っていますから、私のものだと思ったんでしょう」
「それなら、言ってくれればよかったのに。私ずっと探していたのよ?」

感情を抑えて淡々と事実を述べると、かえでは微かにそう声を洩らしながら自らの指輪を手に取り
ぎゅっと握りしめる。確かにかえでのいうことは尤もなのだが、マリアにはそれができる筈が無い。

愛されているという実感はある。
だが、自分の想いはこれほどまでに相手に伝わらないものなのか……!


マリアの中にふと湧きあがったその言葉は、果たしてどちらに向けたものだったのだろうか。

「そんなこと、できる筈が無いじゃありませんか。あなたは『無くした』なんて一言も、私には言ってくれなかったのですから。何より私は、それを外した理由も分からない」

そう言い放ったのと同時に、かえでの背中がひくりと震えたのがマリアにも分かった。


だがマリアの言葉は止まらない。
なぜなら、既に彼女は自らの激情を抑えることができなくなっていたのだから。

「本当は、その指輪も……私のことも、もう必要ないんじゃありませんか?」

あり得ないと分かり切った言葉が、彼女の口から洩れた。

「そんなこと……ある訳ないじゃない!」

マリアの予想通りの言葉を絞り出したかえでの表情から、流れ出るものを必死に抑えているということが分かる。

普段なら、すぐにでも抱きしめたくなる筈のその表情。

しかし、今のマリアにそれは起爆剤にしかならなかった。

「たとえそうであっても、私には分からないのよ!」

響き渡った怒鳴り声と、ばん、と強くテーブルを叩いた音が、広い食堂の中に響き渡る。

再び見開かれたかえでの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。

すみません、とマリアは呟いたのを最後に、二人の間が沈黙に包まれる。

暫くの間ぱたぱたという雨の音だけが、再びその空間を支配した。

「……私があなたのことを想っているのと同じくらい、あなたは私のことを、仲間としても、恋人としても想って
くださっている。……そう、理解しているつもりです」

やがて少しだけ落ち着きを取り戻したマリアが、永遠に続くかとも思われた沈黙を破りぽつりと呟く。
泣き崩れてしまうかとも思われたかえでは、彼女の予想に反しじっと気丈にマリアの方を見つめていた。

「花束を贈ってこられた方には、今日お会いしたんですか?」
「ええ……会議が始まる前に返してきたわ。私が、その気持ちに応えることはできないから」

一見何の脈絡も無いような突然のマリアの質問に、かえでははっきりとした口調で答える。
彼女の目元は未だゆらゆらと揺れているが、その声に涙の姿は見られない。

「そう、ですか」

ふ、っとマリアが息を吐くと、その口元に笑みが浮かぶ。
誘いを断ってくれたという安堵と、未だ自分が彼女の隣に居てもいいのかもしれないという希望、
そして相手への優越感、そんな様々な感情が入り混じった自嘲的な微笑みであった。

「あなたが誘いを断るって、何となく分かっていました。相手の方には、申し訳ないですけれど……まだ、
私の中に、それだけ自信があったから」

自らに言い聞かせるように、マリアはゆっくりと語り始める。
すると、先程までの激情とは違うものが自らの中に湧きあがって来るのを感じた。

彼女はそれを抑える為に俯くと、額に手を当ててかえでの姿を視界から追いやる。
そうでもしなければ、今すぐにでも言葉を詰まらせてしまいそうな程、彼女は追い詰められていた。

「……でもこんなにも偶然が重なると、どうしても不安になってしまう」

言葉の一つ一つを発する度、感情の波が自らを潰してしまおうと押し寄せてくる。
何を言えばいいのかを余裕が無くなり、やがて言葉はどんどんと崩れていく。
しかし、流れ出してしまった言葉を止めることはできなかった。

「あなたが目に見える証を外して、せっかくの2人きりの時間も壊されて……その上、私の知らないところで
誰かに好意を寄せられているなんてことまで知ってしまったのに」

そして、マリアはゆっくりと瞼を閉じる。

視界が闇に包まれて初めて分かったのが、自分の身体がすっかりと熱に侵されているということだった。

「それでも冷静な顔をしていられる程……私はまだ、大人じゃない」

言葉がどんどん流れなくなり、喉の奥を絞り出すようにしてゆっくりと押し出していく。
今ここで、彼女は言葉を止めることなどできない。


何故なら、マリアは――どうしようもないほどに、かえでを愛しているのだから。

「大人じゃ、無いのよ……!」

苦しげに言葉を発した彼女が瞼を開くと、視界にはテーブルらしきものがぼんやりと映る。
そしてゆっくりと顔を上げたものの、その瞳は彼女が愛して止まない相手の姿さえもはっきりと映し出しては
くれなかった。

「すみません、まだ、混乱しているみたいです。さっき飲んだお酒のせいでしょうか」

すぐに視界を反らして、マリアは立ち上がる。

「……頭を、冷やしてきます。先に休んでいてください」

そう言い終わる前に席を離れたマリアの耳に相手の声が聞こえたような気がしたのだが、彼女はそれを
振り切り食堂を出た。

再び響いた声にも耳を貸さず、彼女は廊下を駆け抜ける。

そして扉を開け放った彼女の視線の先には土砂降りの雨と、厚い雲に覆われた真っ暗な闇。


だが既に彼女の顔は、感情の雨に侵されずぶ濡れになっていた。
 
 
+++++++++++++++


傘を持つことも忘れて劇場を飛び出してからずっとかえでの耳元には土砂降りの雨音が鳴り響き、
先に飛び出していったマリアの足音は全く聞こえない。
月明かりも無い為に辺りは淡い街灯の光しか無いため、普段よりもずっと悪い視界の中で見失った彼女を
探し出すことが不可能に近かった。

だがそれを分かっていながらも、かえではまっすぐにある場所へと向かって走り続ける。
行く場所も告げられず、そして恐らくはマリア自身にもそれが分かっていないのだろうという状況でありながら、
何故か彼女にはその行き先はひとつしかないという妙な確信があった。
勿論それはかえで自身の第六感が働いたというだけで、確たる証拠など何もないのであるが。

見覚えのある角を曲がり、薄暗い一本道をただ真っ直ぐに走り抜ける。
雨は容赦なく降り続きかえでの体温を容赦なく奪っていくのだが、それは相手も同じこと。


自分だけがぬくぬくと相手の帰りを劇場で待っているということなど、かえでには絶対にできないのだ。

それは同時に、マリアという人を諦めるということになるのだから。

肩で息をしながらそれでもスピードを緩めることなく真っ直ぐに走り続ける。

するとかえでの視界に、道幅よりも開けた暗い場所が映った。
彼女が近付くにつれて少しずつその闇は開けていき、やがて大きな十字架がぼんやりと浮かんでくる。

そこは、クリスマスにマリアと二人で訪れた教会であった。
だが雪が降り積もりライトアップされていたその時とは違い、雨の降り続いている今はどこか不気味な場所の
ように見える。

十字架がはっきりと見えるようになり、やっとかえではスピードを落とし始めた。


彼女は以前呼び出された時と同じように、闇の中を注意深くゆっくりと見渡す。
聖なる日にわざわざ自らを呼び出した場所……それならば、何か思い入れがあるに違いない。


きょろきょろと辺りを見渡していたかえでの視線が、ぴたりとある場所を捉える。
すると同時に、険しかった彼女の表情がほんの少しだけ緩んだ。

「マリア! ……やっと見つけた」

安堵の溜息と共にそう呟いて、かえでは植木の辺りに腰かけ俯いているマリアに向かって声を掛ける。
その声はいくら雨音が大きいとはいえ聞こえない程小さなものではなかった筈なのだが、
彼女は返事どころか顔を上げようともしない。
だがかえでにとってそれは、自らの姿を見て逃げられるか拒絶されるよりは遥かにマシである。

「ありがとう……それと、ごめんなさい」

マリアの前にゆっくりと歩み寄ると、彼女はそう言って深々と頭を垂れた。

「指輪を外したのは、あの時……あなたが酷く遠くに居るように思えたから。普段と変わらない筈のあなたが
やけに素っ気なく思えて、淋しかった」

雨粒が流れ落ちるのを嫌というほど感じているかえでの脳裏に、その時の情景が浮かぶ。
2人ではしゃいだ夜、そして現実を思い知らされたあの時――。

「そう思うと、見ているのも辛くなって外したの。無くしちゃった時は、後悔したけれど」

入れた筈のポケットの中にその感触が無くなっていた時の絶望感を、今でもかえでははっきりと覚えている。
勿論マリアの首筋から時折顔を出す、自分のものと同じチェーンを垣間見た時の罪悪感も。

「一人で帰ったのも同じ。あの女の子と同じようなファンが、あなたには沢山いる。でも、私はただの軍人。
秘密組織が無かったら、私はきっとあなたと出会うことは無かった。」

その気持ちは、今もかえでのなかで変わってはいない。
恐らくそれは、これから先何があっても変わることは無いのだろう。

自分は、幸せだったのだ。

「釣り合わないんじゃないかって思うと辛くて、とてもあなた達のやりとりを見ていられなかったの。
……もしかしたら、嫉妬心もあったのかもしれないけど」

よかれと思ってやったことは、実は自分自身を護る為の詭弁。
マリアの怒りに触れ、やっとかえではそれに気付いた。

やけに熱い雨水が彼女の頬を撫で、それと同時にかえではゆっくりと身体を起こす。

「私は、人並みに……ううん、きっと人並み以上に強いのよ。……独占欲が、ね」

マリアがあの時に言いかけた答えを呟くと、いつの間にやら顔を上げていた相手の視線とかえでのそれが
ぶつかった。

相手の頬が濡れているのが雨のせいだけではないということは、彼女自身もよく分かっている。

かえでが、泣かせたのだ……自分よりも年若い彼女を。

だがその深い緑色の瞳から、かえでは視線を外そうとはしなかった。

「だから……自分だけに向けられるあなたの表情が消えるのが、嫌で嫌でたまらないの。恋人の証の指輪
を否定するあなたも、自分とは違う世界に生きているってことを見せつけてくるあなたも……」

自分の心の中に閉じ込めていた想いを自らも噛み砕くように、かえではゆっくりとした口調で話し続ける。

「でも、そんなこと言っては駄目だって思って言えなかった。言ったらあなたに幻滅されると思って……怖くて、
言えなかったの。子供みたいでしょう?」

余りにも幼く、そしてあまりにも甘すぎる自分の感情に、思わずかえでの口元に自嘲的な笑みが零れる。
だがそれにつられることもまた先程のような激情を露わにすることもなく、マリアは無表情のままじっと
かえでの告白に耳を傾けていた。

「だから私は、それを見なくても済むように……自分が傷つかなくても済むように、逃げだしたの。それなら、
あなたに嫌われることも、あなたを傷つけることも無いと思って」

ずっと触れるのを戸惑っていたマリアの肩の上に、そっとかえでの手が乗せられる。
雨水でぐしゃぐしゃになった彼女の服からは、ただ冷たい感触だけが伝わってきた。

「……でも、それは余計にあなたを苦しめていたのね。さっきのことで、やっとそれが分かったわ」

そこまで呟くと、かえでは目を閉じてすっと息を吐いた。

マリアはそんなかえでの様子を、目を反らすことなくじっと見つめている。
抑えていた感情が漏れてしまいそうになり、かえでは思わず相手の肩の上にある手をぐっと握った。

「言ってくれて、ありがとう。私が言わなくちゃいけないのに、言わなくって……ごめんなさい」

絞り出すようにそう呟くと、握った手の中に生温かい水が漏れ出してくる。
それと同時に、身体の力が抜けたかえではへなへなとその場にしゃがみ込んだ。

「結局、私たちは近くにいるようでずっと遠くに居たのね。だから、相手の声が聞こえないし……自分の声を
相手に届けることもできなかった」

今にも消え入りそうな声で呟き、かえではその両方の手でマリアの左手を柔らかく包み込む。
すっかり冷えきってしまっている筈なのに、何故か彼女にはその温度が心地よかった。

「身体はこんなにも、近くに居るのに、ね」

飽きるほど触れている筈のその感触がやけに久し振りのような気がして、かえでは思わずその手に頬を
摺り寄せる。
さらりとした肌の感触に、相手が自分とはまったく別のものであることを彼女は改めて感じた。

「だから……もしかしたら、もう、間に合わないかもしれないけど」

一度だけぎゅっと強く手を握り、そこから片方だけを離してずぶ濡れのスカートのポケットに手を入れる。
奇しくもそこはあの時指輪をねじ込んだ場所と同じであった。


だが、その中身はもう空ではない。
そこから取り出されたかえでの指よりも一回り太い指輪が、ゆっくりとマリアの手の薬指に通される。

「好きよ、マリア。……大好き」

彼女はうわ言のように、何度もその言葉を呟く。
そして指輪に一つだけキスを落とすと、力尽きてしまったかのように頭を垂れた。


そんな彼女の髪を、雨では無い何かが柔らかく撫でる。
それに気付いたかえでが反射的に顔を上げると、いつもと変わらない柔らかい笑みを浮かべたマリアが
じっと彼女を見下ろしていた。

「……手を」
「えっ……」

小さくそう呟かれた言葉に、かえでは思わず戸惑う。
すると相手はあくまでも自然な動作で、その左手を握ったままの彼女の手を取った。


そして、冷たくなったその手に軽く口づける。

「指輪は、交換するものでしょう……今、持っていますか?」

まだほんのりと温もりの残る唇をかえでの手から離すと、マリアはにっこりと微笑みを浮かべて問いかけた。

「あ……はい」

その微笑みは、様々な暖かい感情飲み込まれてしまい呆然としていたかえでを一瞬で現実へと呼び戻す。

やがて相手に手渡された指輪が自らの指にぴったりと収まると、マリアもまたかえでと同じように
その指輪の上にキスをした。

「やっぱり、あなたがやると似合うわね」

慣れていない上に感情が昂ってしまっていたかえでのぎこちないものとは違う相手の動きに、
かえでは思わず言葉を漏らす。

「そう、でしょうか?」

そんな彼女の言葉に首を傾けた相手の表情は、やはり見慣れたマリアのものであった。
それが夢ではなく紛れもない事実だという実感湧いてきたかえでの口元に、やっと自然な笑みが戻る。

「ふふっ……でも、今日は最後まで私にやらせて」

お互いの両手を柔らかく繋いだままかえではそう言うと、ずっと跪いたままの態勢からゆっくりと立ち上がった。
同時に自らの頬に一筋の熱いものが流れたのだが、かえではそれを拭うことはない。
彼女の代わりに相手がすっと手を伸ばし、流れ続けるそれをついと拭いとった。

「最後まで、ですか?」

再び見下ろされる形となったマリアは、不思議そうな顔でそう彼女に問いかける。

かえではそんな相手を可愛らしく思いながら、額に張り付いた彼女の髪をゆっくりとかき上げた。

「指輪を交換したら、『誓いのキス』って決まっているじゃない」

吐息がかかる程の距離まで顔を近付け、かえでは甘く囁く。

するとマリアは少しだけ頬を染めると、幸せそうに微笑んでゆっくりと瞼を閉じた。

久し振りに重ねた相手の唇の感触。

それはかえでにはやけに柔らかく、そして何よりも暖かく感じられた。
同時にもっと深く長くその感触を味わいたいと思ったものの、かえでは自らの欲望を押し切ってゆっくりと
唇を離す。

やがてマリアがとろりと瞼を開くよりも早く、彼女はぎゅっと彼女の身体をその胸に抱きしめた。

「すみません、年甲斐もなく我儘をいってしまって」

かえでが自らの背中に相手の腕が廻されたのを感じたのと同時に、その胸の中でマリアが顔を上げずに呟く。

「……どうして、マリアが謝るの」

すっかり乱れてしまったプラチナブロンドの髪をかえでが柔らかく撫でると、それにつられるようにして
マリアがじっとかえでを見上げた。

「もっと我儘を言って欲しいとか、もっと嫉妬して欲しいとか……あなたのイメージとは真逆のような
気がして……本当なら、そういう時に落ち着いた対応をしてくれることに感謝しなくちゃいけないのに」

すると気恥ずかしくなったのか、マリアは再びかえでの胸の辺りに顔を埋める。
そしてそのまま、小さな声で「ごめんなさい」と呟いた。

「あら、そしたら私だって……年下のあなたに『察しなさい』なんて、あんまりじゃない」

かえでが思ったままのことを言うと、再びマリアは顔をあげて何かしら口を開こうとする。
だが、かえでは彼女の唇に人差し指を当てると、にっこりと笑ってこう彼女に言い聞かせた。

「言い合ったって仕方がないから、もうおあいこにしましょう。……喧嘩は両成敗、って昔から
決まっているんだから、ね?」

言い終わるのと同時に、かえではマリアのかみをくしゃくしゃと撫でまわす。
いきなりの彼女の行動にマリアはすぐにきゅっと強く目を閉じた。
しかし全く抵抗しなかったが為に、当然彼女がまた瞳を開いた時には、その髪は見るも無残な程に
ぐしゃぐしゃにコーディネイトされた後である。

きょとんとして首を傾げたマリアの様子がやけに幼く見えたかえでは、こみ上げてくるものを抑えきれずに
ふっと吹きだした。
 
あれだけ降り続いていた筈の雨はもうすっかり上がり、厚かった筈の雲はいつの間にか切れて
月が顔を覗かせている。

しかしそれに二人が気付いたのは、これまでの分を取り返すかのようにじゃれあった後であった。
 
 
+++++++++++++++

 
「六月の花嫁は幸せになれるって、知ってた?」

劇場に戻り冷え切った身体を温めた頃、左手をじっと見つめていたかえではふとマリアに問いかける。
するとマリアは彼女の横に腰かけ、同じように指輪の光る左手でその手を優しく包み込んだ。

「花嫁って……私とあなた、どっちなんでしょうね?」

白い指で相手のそれを弄びながら、マリアはそう相手に問い返す。

「今日はあなたの誕生日だもの、あなたに決まっているじゃない」

彼女の問いにかえではそう返すと、自らの指で遊んでいた相手の手を掴んで自分の方へと引き寄せる。
あらぬ方向に急に力を入れられたマリアは抵抗することができず、かえでに抱きつくような形で
力の流れのままに倒れ込んだ。

「でも、この夜が明けたら……私にも少しだけ分けて貰ってもいいかしら?」

その倒れた先にあったのは、人差し指を唇に当ててにっこり微笑んだ相手の顔。
するとそれにつられるようにして、マリアもまたにっこりと微笑む。

「そんなこと、断れる筈無いじゃありませんか」

お互いに微笑み合える幸せを噛みしめ柔らかく呟いたマリアを、かえではぎゅっと強く抱きしめた。

結ばれたふたりが幸せを分け合うまで、あと、数時間。


+++++++++++++++
「4.左手の、」(後篇)
『気付いて、気付かないで、』 (配布元:『勿忘草』様 )

きっと次の日は2人して風邪ひいて寝込む。間違いなく。
というわけで、ジューンブライドネタに長々とお付き合いいただきありがとうございました……!
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