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あやめさん、111歳の誕生日おめでとうございます! 
やっと長年妄想し続けていたネタを上げることができました! ええ、見ての通りギリギリではございますが……

というわけで非常に眠いのでございます。
おまけに久々にPCに張り付いたせいで……うん凄く目が痛い。

それでは、皆様この辺りで……。
予想通り容量が多すぎて短編のくせに二分割させられましたが……ご了承くださいませ。

注意
今回はあやめさんということで、一応オールキャラで恋愛要素は無しの方向でございます。
しかし元々百合スキーの私が創作したものですので、もしかしたらそれらが苦手な方々が首を傾げる表現が
存在するかもしれません。

私がマリかえすみ好き百合カプ好きだということを十分に考慮した上で、先へお進み下さいませ。
(いや……別に何か凄いものが置いてある訳じゃないのですが、注意して頂ければ幸いです)




+++++++++++++++


世の中に溢れている伝承の類では長子はぞんざいに扱われがちだけど、私達は違ったわね
文でも武でも、私は姉さんに勝てた例が無いもの
なまじ顔が似ているからしょっちゅう比べられて、その度に姉さんの方が優れていることを思い知らされて……
それが嫌だったから、海外に派遣された時はとっても嬉しかったのよ
正直、もう姉さんの居る日本には戻りたく無かった
 
だから最後に会ったあの日、姉さんが私にあの宝刀を託した日
……その時も、あなたに素っ気なくしてしまったの
私に弱い所なんて見せたことが無い姉さんだから、何かあったんだって分かってた筈なのに
 
お陰で、私は花組の皆の中に居る姉さんを殆ど知らないわ
私の中に居るのは、どれだけ背伸びしても届かないところで優しく微笑んでいる
髪を後ろの高い位置で結んだあなただけ
何時の間に、あんなに大人っぽい髪型に変えたのかしら?
 
ねえ、何で逝ってしまったの?
あなたが居なくなったら私は、どう生きていけばいいのか分からないじゃない
 
いつか、勝ちたかったのに……
勝ち逃げなんて、ずるいわよ
ねえ、聞いてる?

……聞いてるんでしょ、姉さん
 
 
 
かえでは、閉じていた瞼をゆっくりと開けた。
彼女の問いに応える声は無く、目の前の景色は先程までと全く変わってはいない。
名前だけが彫られただけの空っぽの墓と、雲ひとつない真っ青な空。
彼女の周りに人影は無く、辺りにはこの季節らしい蝉の声が騒がしく響いている。

しゃがんでいたかえではゆっくりと立ち上がると、ぐっと背伸びをした。
そして何を言うでもなく踵を返し、歩き始める。

「またね」とでも言うべきかと彼女は考えたものの、この墓は空なのである。
そして思うに、きっとその魂もこの場所には居ないのだ。
そんな場所でおかしな独り言というのも滑稽である。

久し振りの休暇も今日で最終日。
年末にも戻ることができなかった実家に帰っていた彼女は、そのまま賢人機関の会議へと出向き、
夜遅くに劇場へと戻るということになっている。
つまり彼女が墓の名前の主に祝福の言葉を告げることができるのは、今日という日が終わる少し前ということ。もしかしたら、間に合わず日付が変わってしまうかもしれない。

「どうにか、間に合えばいいんだけど」
 
墓地の中を早足で歩きながら、かえではぽつりとそう呟いた。
その危惧があるからこそ、彼女は忙しい朝の時間の合間を縫ってこの場所を訪れたのである。
せめて眠っているとされている場所で、この日のうちに祝福を告げる為に。

しかし誰も居ない墓を目の前にして、彼女が感じたのは空しさだけ。
手を合わせてみてもそれが変わることは無かった。

やはり建前しか無い場所では、気持ちが満たされることなど叶わない。

かえでが心からの祝福を贈りたい相手の魂が在る場所は、銀座大帝国劇場。
故人が何よりも愛した、彼女の帰る場所である。


+++++++++++++++ 
 
 
お姉ちゃんね、こいこいすっごく弱いんだよ
い~っつも、アイリスが勝っちゃうの!
それで負けたから罰ゲームで、一緒にあんみつ食べに行ったりしたんだ~、いいでしょ?

でもね、アイリス知ってたんだよ
 お姉ちゃん、自分が上がれる札が出ても取らなかったこと
1回じゃなくって、い~っつも

もう! アイリスは子供じゃないんだから、手加減なんてしちゃ嫌だよ!
 
だから、またお姉ちゃんと一緒にこいこいしたいな、夢の中ででもいいから
あと、あとね、一緒にコロッケ作ったり、お花でかんむり作ったり、お買いものに行ったり……
いっぱい、い~っぱい遊びたいな

ねえ、お姉ちゃん……
 
 
 
「アイリ~ス! ア~イ~リ~スぅ~!」

よく晴れたその日の昼下がり。
暑い日差しが照りつけているにも関わらず、中庭の椅子に座りぼぅっとしていたアイリスは、
聞き慣れた声に顔を上げた。

「何こんな暑い所でつっ立ってるですか! ぼぉ~っとしてたら倒れちゃいますよ!」

手に持った麦わら帽子で顔を仰ぎながら現れた織姫は、そう喚きながらアイリスの頭にその帽子を被せた。
髪のこと考えずに無理やり被せた為に少しだけそのブロンドの髪が乱れたものの、当の本人が
それを気にする様子は全く無い。

「あ、うん……ありがとう」

ぽつりと呟いた彼女はその帽子のふちを両手で持つと、ぎゅっと自分の頭に深く被せる。
髪型が余計に乱れてしまうことは本人も分かっているはずなのだが、彼女はやはり気にも留めていないようだ。

普段ならば背伸びをしてでも外見を気にする彼女は、何故か今日はそれをしなかった。

「まぁったく、今年はホンっトにあっついですねー。いやんなっちゃう」

そんな年下の仲間の様子を知ってか知らずか、織姫はパタパタと手で自らの顔を仰ぎながら言う。
その表情はいかにもその暑さにうんざりしている、といった苦々しいものであった。

「ニッポンの夏がこぉんなに暑いなんて知らなかったでーす! しかもジメジメムシムシ、お肌が
気持ち悪いしぃ……これじゃあニホンの夏が嫌いになっちゃう!」

がばっと手を広げて空を仰ぎ、庭じゅうに響きわたるような声で織姫は更に喚く。
これにはアイリスも気にせずにはいられなかったのか、目を丸くして彼女の大舞台をじっと見つめていた。

「でもワタシはニッポン好きでーす、嫌いになりたくないでーす……」

大きく広げた腕で今度は自らの身体を抱きしめ、織姫はなよなよと縮こまる。
そうして暫く目を閉じていたのだが、次の瞬間にはっと瞼を上げると、くるりと綺麗に回って
アイリスの方を見た。

「だからアイリス、一緒に冷たいもの食べに行きましょ」

どうやら、今までの大げさな動きは全て前振りであったらしい。
単に彼女はアイリスを誘いに来ただけだったのである。

「え、う~ん……」

満面の笑みで自分を見つめる織姫に、アイリスは困惑した様子で暫く考えるような素振りを見せる。
そして胸に抱えた熊のぬいぐるみをぎゅっと強く抱えると、口元に軽く笑みを浮かべてこう返した。

「ごめんね、織姫。アイリス……今日は、いいや」

その微かな声に織姫の表情は一瞬で不機嫌なものに変わる。
それと同時に、はぁ……と大きな溜息を吐いた。

「あーあ、まぁ~た振られちゃった」

その言葉に驚いたアイリスは、視線を自分から外した相手の顔を見上げた。

「紅蘭に中尉さんにアイリス……みなさん冴えない顔して断るんです」

先程までの勢いは何処へやら、肩を落とした織姫は何人かの仲間の名前を呟きながら自らの指を折っていく。
挙がった者の名前を聞くにつれ、アイリスの視線は徐々に地面の方へと下がっていった。

彼女の口からでた名前は、帝国華撃団が創設された当初早い段階から所属していた者。
その最も初期のメンバーであったアイリスがここを訪れ、あまり日の経たないうちに出会った者ばかりである。

「レニとさっくらさんは何処かに行っちゃって見てないし、カンナさんは朝からずぅ~っと稽古してて見てるだけで
暑苦しいでーす。マリアさんは次の公演が何だって言って忙しそうだし、すみれさんは凄く機嫌が悪そうだし
……あんなに眉間に皺作ってたらいつか取れなくなっちゃいますね」

次々と織姫が名前を聞きながら、アイリスは再びぬいぐるみを抱く力をぎゅっと強くしていく。

アイリスも、そして他のメンバーも、織姫の誘いを無為に断るような人間ではない。
誰かの都合が悪くても他の誰かは付き合ってくれることが多い為、3人目まで振られることは
至極稀なことである。

だが今日だけは、未だ誘って居ない他のメンバーも織姫の誘いに乗る者は居ないだろう。
最初に断ったという紅蘭、次の大神……そしてアイリス、皆がどうしても今日という日を平常心で迎えることが
できないのだから。

「あ~んもう! 本ッ当につっまんないで~す!」

散々愚痴を言い続けた織姫は、再び大きく腕を振り上げて叫ぶ。
彼女の甲高い声が、また辺り一面に響き渡った。

「仕方ないよ、織姫」

その声が完全に辺りに溶け再び蝉の声が辺りを支配し始めた時、アイリスが小さくそう呟いた。
自分の愚痴に夢中になりすぎた為にその存在をすっかり忘れてしまっていたのか、織姫は目を丸くして
すぐに彼女へと視線を移す。

「だって、今日は……」

夏の日の青空は何も言わず、ただじっと彼女達を見下ろしていた。
 
 
+++++++++++++++

 
なんか、思い出がありすぎて上手く話せへんのやけど……
感謝してもしきれまへんわ
『ありがとう』ってなんべんも言うたけど、何でもっと言わへんかったんやろって思う
でも、たとえ十年くらいず~っと毎日言うてたとしても、まだ足らへんかったんやろうな
 
……何で、逝ってしもうたんです?
青い空が好きやって言うてたし、ウチもそれがよく似合うって思うてたけど
何でこんなに早く、そっちへ逝ってしもうたんですか?
 
…………

ウチな、将来絶ッ対あんさんがおる所へ飛んでいける飛行機作るからな
青い空をどこまでも、どこまでもずーっと、飛んでいける飛行機を
 
だから、それまで待っとってや
約束、やで?

 
 
「紅蘭、少し休んだら?」

地下格納庫に収容されている光武の真下。
機械によって少しだけ浮いているその場所に潜りこんでいた紅蘭の耳に、聞き慣れた声が響いてきた。

「あ、おおきに。ちょっと待っとってや。これだけ締めたらちょっと休むわ」

額から滴り落ちる汗を見に着けている作業着で拭った彼女はその声に応えると、床に置いた大振りの
スパナを手に取り力いっぱい頭上にあるボルトを回した。

彼女がそれを初めて握ったのは、ずっとずっと幼い頃。当時はまさかこんなに大きな機械を作ることができるなど全く想像もしていなかった。
ただ、目の前にあった時計を解体しては組み立て……それを繰り返す日々。

だがそれが彼女にとっては何よりの喜びであり、生きがいであったのだ。

硬く絞ったボルトからスパナを外し、紅蘭は光武からゆっくりと顔を出す。
仰向けに出て来た彼女の視界には暫く格納庫の無機質な天井が広がっていたのだが、ふとその端に
先程の声の主が映った。

銀色の髪。そして中性的な顔立ちと、未だ成熟していない身体。
その全てが全く似ていない筈なのに、何故か彼女の瞳にはその微笑みが過去の人物と重なる。

『紅蘭、お疲れ様。少し休んで、一緒にお茶にしましょう?』

聞こえる筈の無い声に誘われて、紅蘭はそちらに手を伸ばした。
しかしその手に触れたのは、人の体温とは思えない程冷たい何か。
はっと我に返った紅蘭が自らの手を見れば、そこには一本のラムネが握られていた。

「この間、アイリスとカンナと一緒に沢山買い込んだんだ。早く飲まないと温くなっちゃうよ」

そう彼女に向かって呟いたレニは、ふっと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
その様子を暫くぼうっと眺めていた紅蘭は、やがて彼女に向かって微笑むと勢いよく身体を起こした。
 

 
「あ~、暑い日にはやっぱ冷たいモンがええなぁ。ホンマ生き返ったわ」

光武が並んでいる場所から少し離れた部屋の隅で、紅蘭は空になったラムネの瓶をカラカラと
鳴らしながら言う。
ただ立っているだけで暑い夏の日。
そんな中長袖の作業着を着、密室で力の居る作業をしているのだ。
拭っても拭っても止まらない汗をまた拭い、そして冷えたラムネを飲むというのは何よりも気持ちがいい。

「うん。でも、ちょっと働きすぎじゃない? せっかくの休演日なのに、ずっとここに篭っているなんて……」

未だ半分程の量が残った瓶を手に、レニが心配そうな面持ちで彼女に問いかけた。
彼女の言うことは至極真っ当なこと。
紅蘭は昼食を摂りに食堂に顔を出した以外はずっとここに篭って光武の整備をしているのだ。
休憩を取っているとはいえ、普段でも何かと忙しい彼女が休日までも潰してしまうというのは、その身体に
いいとはいえない。

「ああ、ええんよ。ウチはこうして整備するのが好きやしなぁ。」

レニの方を振り返りにっこりと微笑んだ紅蘭は、自らの横に瓶を置いて立ち上がると、ゆっくりと光武の方へと
近づいていく。

そして一機の機体の胴体の部分を撫でると、ぽつりとこう漏らした。

「それに、今日は少しくらい忙しい方がええから……」
「……紅蘭」

レニの漏らした声は、彼女の耳に届いてはいない。
紅蘭はじっと光武を見つめると、やがてその冷たい身体に頬を寄せた。

自らが開発した機体。
何度も戦闘を掻い潜り、自分達の大きな力になってくれたそれを創りだすことができたのは、彼女の恩人の
お陰であると紅蘭は思っていた。

ただ同じ時計を分解しては、組み立てる……そんな単純な作業が好きな少女。
たったそれだけのことしかできなかった自分が、何時の間にか一生を捧げられる生きがいと仲間を
得ることができたのは――

ふとその姿が彼女の脳裏を過った時、彼女の内に熱いものがこみ上げてくる。
今日それを彼女が感じたのは、もう何度目になるだろうか。

その何度かと同じように紅蘭が目尻の辺りを擦ろうとした時、ふとその背中が暖かい人の温もりに
包まれたのを感じた。

「ど、どないしたん!?」

懐かしさを感じながらも、今その場に居る自分以外の人間がするとは思えない行動に驚き、
彼女は思わず素っ頓狂な声を上げる。
だがその声に動じることなく、相手は静かにこう答えた。

「淋しいときや、悲しいときは……こうして貰うと落ち着くから」

彼女の口から紡がれたのは、穏やかな声。その声音は勿論思いだされるあの人とは違うのだが、
どこかその雰囲気は同じ人物を思い出させる。

あまりの懐かしさに、紅蘭の瞳から一筋の涙が流れ……やがてそれは滝のように止めどなく流れ出した。
そして掛けていた眼鏡を取った彼女は、レニの方を振りかえるとその胸に縋りつく。

「……ごめんな、レニ……もうちょっと、だけな……ッ!」

嗚咽の合間を縫って、必死に声を絞り出す。しかし感情の波に逆らうことはできず、言葉はそれを相手に
伝えることなく消えてしまった。
レニは何も言わずににっこりと優しい笑みを浮かべると、相手の背中を優しく撫でる。

その手つきがまたあの人を思い出させたのか、彼女はとうとうその胸の中で子供のように泣き始めた。
 
 
+++++++++++++++

 
いやぁ、強かったんだってホントに
あたいよりずっと細ぇし小せぇのに、簡単に投げ飛ばされちまうんだからよぉ
しかもさ、凄ぇのはそんな大技かますのに全然そんな気配感じさせねぇトコなんだ
何気なく間合いを詰めたと思ったら、いつの間にか体が一回転して地面に転がされてるんだぜ?

そんなことできる奴、滅多に居ねぇよ
 
ああ、もっと手合わせしたかったなぁ……
 

 
「あー、それ知ってま~す! おおふじりゅうあいきりゅーじゅつ!」

もぐもぐと口を動かしながらのカンナの話に、織姫はふと声を上げた。
面識の無い彼女が何故その名を知っているのかとふと不思議に思ったものの、そういえば実の妹との
付き合いは自分より長かったのかと思いなおす。

格闘技の癖というのはどうしても個性が出てしまうもの。
姉妹のどちらとも何度か稽古をしたことがあるカンナは、例え血が繋がっていようとそれがまったく違うという
ことを、文字通り身体で感じていた。

「そうそう、その舌噛みそうな名前のヤツだよ。おめぇもかえでさんと稽古したことあるのか?」

格闘技とは縁の無い織姫がその名前を知っている事に驚きつつ、カンナはそう問いかける。
 
光武に乗っている時だけでなく生身の戦闘の際にも指先に霊力を集中して放ち敵を攻撃するという彼女が、
そして何よりカンナと折り合いの悪い仲間と似た性格の持ち主である彼女がどうして、その武術に
興味を持ったのか純粋に気になったのだ。

「あったりまえで~す! まあ、ピアニストは指が命ですからすぐ辞めちゃいましたけど……レニが珍しく
興味津々で、しょっちゅうかえでさんに習ってましたねー。だからたま~に付き合ってました。」

織姫が口にした名前に、カンナは成程と心の中で頷いた。
華奢な身体ながら、レニはカンナと稽古をする数が多い仲間の一人である。
あまりの対格差の為、格闘技の心得があるということを知らなかった当初は力を加減していた彼女で
あったが、一度の手合わせで自らの詰めの甘さを知ったのである。

今考えれば確かに、かえでと癖が似ていたかもしれない……カンナは味噌汁をすすりながら、
ふとそんなことを考えた。

「あぁ~! だからお兄ちゃんが投げ飛ばされちゃったんだね。あやめお姉ちゃんにカンナが投げ飛ばされ
ちゃったみたいに」
「あ、あたいはそんなに簡単に投げられねーよ!」

それまぜずっと織姫の隣で二人の話に聞き入っていたアイリスが、唐突に会話に割って入ってきた。

それはレニが大の男でありれっきとした軍人でもある大神を投げ飛ばしたという武勇伝として
劇場内に広まったものである。
しかしいくら気を抜いていたとしても、物心ついた時から空手をやっていた彼女が彼のようになってしまったら、
亡くなった彼女父親に合わせる顔が無い。

「それでそれで? あやめさんってどんな人だったですかー?」

慌ててアイリスの言葉を否定したカンナがふうと息を吐いたのと同時に、織姫がそう彼女にねだる。
稽古に集中しすぎて忘れていた昼食を摂っていた彼女の元に二人が現れた時も唐突であったため、
なかなか食事が進まない。

「ったくおめぇも忙しいヤツだな。落ち着いてメシが喰えねぇだろうが!」

食糧を欲する自らの欲求に応えられない不満を思わず漏らしてしまったカンナであったが、口ではそう
言いながらも織姫の欲求に悪い心地がした訳ではない。
むしろその口元には、いつ付いたのかも分からないご飯粒と一緒に微かな微笑みが浮かんでいる。

今日は、彼女の誕生日。
その思い出を懐かしむ感情と、もう二度と会うことが叶わない淋しさが混ざった複雑な感情を抱えていたため、
何よりも楽しみでる食事ですらもカンナは忘れてしまっていた。

普段はもう思い出すことすらも少なくなってしまった恩人。
それでも時の流れの節目節目に思いだす彼女のことを、今日という日くらいはじっくり語っても
いいのではないか。
彼女のことを知らない仲間の為に。

口に入れたものを完全に呑み下して、カンナは織姫を見下ろしにっこりと微笑む。
さて、何から話そうか……相手の表情を見ながら彼女がふと考えた時、食堂の入口から三人のものではない
声が響いた。

「……私が、教えて差し上げましょうか?」

唐突なそれに三人が目を見開いて一斉に入口の方に視線を向けると、そこに立っていたのは仲間の一人。
ひらひらとした普段着を翻してその視線を一瞥して、彼女はゆっくりとした足取りで彼らの方へと
近づいて来た。

「……すみれ」

アイリスが、微かな声でその名を呼ぶ。
普段ならば少女らしい甲高い声であるはずのそれがどこか怯えているように思えるのは、すみれの纏う
雰囲気に違いない。

眉間に深い皺が刻まれ、明らかに機嫌が悪いという表情。
それだけならば彼女にとっても慣れたものである筈なのだが、今日のすみれの雰囲気はどこか違う。
まるですみれ自身もその苛立たしさが何なのか分かっていない、そんな雰囲気であった。

彼女は静かにテーブルのすぐ傍まで近づくと、備え付けのコップに麦茶を注いで口を付ける。
そして再び三人を見つめると、険しい表情のままでこう吐き捨てた。

「言葉巧みに人を誘っておいて、戻れない場所にまで追い詰めて……最後には裏切る。あやめさんは、
そういう方ですわよ」

コップを握る彼女の手の力が、その言葉を言い終えたのと同時に強くなる。
彼女のその小さな動きをカンナは見逃さなかった。

「酷いよすみれ! あやめお姉ちゃん、そんな人じゃないもん!」
「そうでーす! とってもそんな人だなんて信じられないでーす!」

余りにも酷いその言葉に思わず椅子の上に立ちあがったアイリスの声が食堂十中に響き渡る。
それに続いて織姫もまた甲高い声を上げたお陰で、室内に反響した二人の声が暫くの間うわんうわんと
鳴り響いていた。

「あなた方がどうお考えになっているのかは存じませんが、私はあの女を絶対に許しませんから……」

彼女らの抗議にすみれは動じることなく呟くと、グラスの中に残っていた麦茶を全て飲み干す。
思えば立ったまま飲食をするという行為彼女自身が嫌がる礼儀の無いことそのものであったが、
それを気にする余裕も無い程追い詰められているということか。
しかし彼女は「失礼しますわ」とだけ言い残し、空のコップを置いたままでまた静かにその場を去って
行ってしまった為、もうその真意を確かめる事はできない。
 
「放っとけよ、今何言っても聞かねぇから」

彼女の背中に制止の声をあげようとした二人を、カンナはそう静かに制する。
その声は確かにすみれの耳に入っている筈なのだが、彼女は一度も振り返る事無く部屋を出て行った。

「……ま、あいつも淋しいんだろうな」

やがて緊張の糸が時の流れによって途切れた時、再び茶碗を手に取ったカンナがふと溜息混じりに
そう呟いた。

「でも、すみれ許さないって……あやめお姉ちゃんのこと、嫌いだって」

未だ椅子の上に立ちあがったまま、その表情を怒りから哀しみに変えてアイリスが呟く。
その瞳には、今にも溢れだしそうな程に涙が浮かんでいた。

カンナは茶碗を持っている方とは逆の手で、その頭をくしゃくしゃと撫でる。
思わず目を閉じた反動でアイリスの瞳から幾筋かの涙の線が描かれたものの、その温もりに落ち着きを
取り戻したのか、彼女はゆっくりと椅子に腰を下ろした。

「嫌いなんて言って無いだろ? それに、アイツの顔にデカデカと『淋しい』って書いてあったじゃねえか。」

柔らかい微笑みと同じような口調でカンナは囁く。
既にアイリスの髪はくしゃくしゃになっていたものの、彼女は黙ってその言葉に耳を傾けていた。

だが、その隣に座るもう一人の仲間は同じようにはいかなかったらしい。
カンナの言葉に目を丸くすると、先程と同じくらいの声で驚いたような声を上げた。

「えっ、何処にですか!?」

まさかそこに突っ込まれるとは思わなかったのか、カンナは一瞬言葉に詰まる。
だがすぐに表情を変えると、やれやれといった様子で溜息混じりにこう呟いた。

「何処にって……ま、長い事見てりゃ嫌でも分かるよ」


+++++++++++++++


今でもたまに、あの人を夢に見る
 
引き金を引くより他に道は無かったのか
あなたが操られてしまう前に、敵を倒すことができなかったのか
弱音を吐くことなど無かったあなたが俺になんかに頼みごとをした時、何故もっと力になって
あげられなかったのか
 
夢から目覚める度に、俺はどうしてもそんなことを考えてしまう
どれだけ後悔しても、あなたが帰ってくることはもう無いのに
 
今日は、あなたの誕生日ですね
俺はたった一度だけしか、あなたを祝うことができなかった
 
……叶うのならもう一度だけ、皆と一緒にあなたに『おめでとう』と言いたい

どれだけ言っても足りない程の、たくさんの感謝の言葉と共に
 

 
「隊長、お疲れ様です」

誰も居ない舞台の淵に座りぼうっと客席の方を見ていた大神は、突然響いてきた声とその足音に
はっと我に返る。
近づいてくるその音の方に視線をやれば、マリアが何やら細い瓶を持ってこちらに来ていた。

「あぁ、マリア……すまない」

すぐ傍まで近づいて来た彼女が微笑みながら差し出した瓶を手に取ると、大神は彼女が差しいれるには珍しい
それをまじまじと見つめた。

「これは……」
「この間カンナ達が大量に買ってきてしまって……皆で飲んでいるところなんです。苦手でしたら、何か別のものをお持ちしましょうか?」

手渡すのと同時に彼の横にしゃがみ込んだマリアは、微笑みながら彼の言葉にそう応える。

「いや、俺はこれでいいよ。ありがとう」

そんなこともあったなぁ……と大神は心の中で呟くと、ペリペリとラベルを剥がしてすぐ傍にあった雑巾の上で
カランと栓を開けた。
しゅわしゅわと音を立てながら溢れ出るラムネの温度が、すっかり火照ってしまった手に心地が良い。
そんな様子を見つめていたマリアが慌てて白いタオルを差し出すと、大神はそれを手に取り冷たい液体を
綺麗に拭き取った。

成人して以降あまり口にしなくなった懐かしい飲み物。
一口含むと、冷たい液体とピリピリとした炭酸が彼の体温を一気に冷やしてくれた。

……その味までもがまた懐かしい。

「でも隊長、どうされたんですか? いきなり舞台を修理する、なんて……大道具の方々に任せていても、
次の公演には十分間に合うと思うのですが」
「ああ、まあそれはそうなんだが……何となく、というか」

至極真っ当なマリアの問いに、大神は珍しく言葉を濁した。

連日大盛況の花組の舞台ではあるが、一部の昔からのファンにとっての楽しみの一つが『お笑い』の
要素であることは否定できない。
劇団が創設された当初は女優達もなかなか舞台に馴染めず、一部の者がセットを壊す、また一部の者が
公演中にも関わらず大喧嘩を始める、セットが突然爆発する等々、メンバーが予想することができなかった
ハプニングが起こることもしばしばであった。
 
確かにその当時は舞台の修繕に大幅な時間を割いたものの、かなりの数を踏んだ今の彼らがそこまでの
被害を出すことはもう殆ど無い。
その為マリアが言うように、大神自らが腕を振る必要は無いのである。

だが彼はそれを分かっていながら、どうしても今日は舞台の上で金槌を振るっていたかった。
何故なら――

「……あやめさん、ですか」

唐突にマリアの口から出た名前に、思わず大神は口からラムネを吹きだした。
げほげほとむせるその背中を叩きながら、マリアは小さく「図星のようですね」と言って微笑む。
その表情は、彼の淡い思い出を只一人だけ知っている筈の隊員の表情とは大きくかけ離れたものであった。

「……マ、マリアどこでそれを!?」

目の前の隊員に対し疾しい気持ちなどは全く無かったものの、大神は何故か安心したような心持ちで
そう彼女に問いかける。
激しくせき込んだ今はラムネよりも刺激の無い水が欲しかったのであるが、舞台の上にそんなものはない。

「さくらが以前、そんな事を言っていたので」

咳が落ち着いたところで仕方なしにラムネをぐびぐびと飲み込んだ大神の横で、マリアは表情を変えずに
その問いに答えた。

そしてふと、彼女は視線をから舞台の方へと移す。
舞台の中心に立つ彼女にとってはここからの景色など見慣れたものである筈なのだが、何故かその視線は
やけにゆっくりと客席を流れていった。

「それももう、昔のことのような気がしますね。あやめさんが居たあの日から、まだあまり時は経っていない
筈なのに」

文字通り舞台の端から端まで見渡したマリアは暫くの間目を閉じると、大神の方に視線を向けることなく
しんみりと呟いた。
再び彼女の口か顔を出したその名前に、彼の胸の鼓動が高鳴る。

「ああ……時の流れは、残酷だな。いつか俺達も、あの人が居たということを忘れてしまうんだろうか」

内側から溢れだす何かを飲み込むように、大神はまた一口ラムネを流し込んだ。

「……忘れられますか?」

彼が瓶の淵から唇を話すと、マリアがじっと彼の方を見つめ問いかける。

「えっ?」
「隊長は、忘れられるんですか? あやめさんのことを」

目を丸くする大神を余所に、マリアはゆっくりとした口調で再びそう問いかけた。
笑みをたたえたその表情は先程までと殆ど変っていないように思われる。
だが何故か彼女の真っ直ぐなグリーンの双眸から目を離すことができず、いつしか大神彼女の顔を
見つめながらその言葉の答えを探し始めた。

初めてあやめと出会った日、彼女と共に過ごした日、彼らの元から去った日、敵として立ちはだかった日、
そしてあの、別れの日――その日からあまり日が経たないうちはよく夢に見たものの、時が経った今は
もうそれにうなされることは数える程しか無い。

しかし今日、彼は必要も無いのに舞台に居る。
そして初めて出会ったあの日のように金槌を振るい、舞台中にカンカンと大きな音を響かせている。

何故なら、もう一度……もう二度と逢えない筈の彼女がもう一度だけ、ここで自分の手を取ってくれるような
気がしたから。

ここで彼女を待っていれば、彼女が自分に微笑みかけてくれるような気がしたから……だから

「俺、は……」
「あ、こんなところに居たですかー!」

大神がやっと言葉を口にしたその時、二人のものではない甲高い声が舞台中に響き渡った。

「織姫、どうしたの?」

解かれることなど無いと思ったマリアの視線はあっさりと離れ、パタパタと走って来る仲間の方を見つめて
立ち上がる。
大神は慌てて頭をふるふると振ると、同時に彼女はマリアの胸に飛び込んだ。

「マリアさんマリアさん、ワタシいいこと思いつきました!」

どこか重たい空気を醸し出していた今日の劇場で唯一太陽のようにはしゃいでいた織姫の表情は、
大神が最後に見かけた時よりも数倍明るいもの。

「いいこと……って?」

彼女がそんな表情をする時は、本当にいいことを思いついた時か、とんでもないことを思いついた時のみ。
それを見に沁みて分かっているのか、マリアは恐る恐るそう問いかけ、訝しげな顔で腕の中の彼女を
見下ろした。

「何だい、織姫くん」

何時の間にやら空になってしまったラムネの瓶をカラリと振って、大神はゆっくりと立ち上がるとマリアの隣まで
足を運ぶ。
すると、まるで彼の存在を今の今まで気がつかなかったらしい織姫は、目がまん丸になってしまうほど
大きく見開いた。
だがすぐにその表情は変わり、何故か先程までとは違う不安げなものとなる。

「どうしたの、織姫?」

いきなりの彼女の変化を不思議に思ったのか、マリアが自らへの答えを待たずに再び問いかけた。
だが織姫の表情は変わらず、またその答えすらもすぐには教えてくれない。ただ彼女はマリアの腕の中で、
何かを考えるようにぶつぶつと独り言を延々に呟いていたのである。

「あ、う~ん、中尉さんは……あ~、でも仲間外れは駄目ですし……」
「いいッ!?」

まさか自分が悩みの種になるとは思っていなかった大神が上げた素っ頓狂な声が、静かである筈の舞台に
鳴り響いた。
 
 
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何となく予測できたけどやっぱり容量オーバーしました。
続きは:上の記事からどうぞ…… 
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