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こちらの記事は、こちらの続きでございます。
以下の注意事項を読んだ上で、覚悟を決めてお進みください……


注意
今回はあやめさんということで、一応オールキャラで恋愛要素は無しの方向でございます。
しかし元々百合スキーの私が創作したものですので、もしかしたらそれらが苦手な方々が首を傾げる表現が
存在するかもしれません。

私がマリかえすみ好き百合カプ好きだということを十分に考慮した上で、先へお進み下さいませ。
(いや……別に何か凄いものが置いてある訳じゃないのですが、注意して頂ければ幸いです)




+++++++++++++++


信じて、おりましたの
信じておりましたから、あの時私は全てを捨てることができたのです
人としての平穏を、女としての幸せを

ですから、どうして貴女を許すことができましょう
私はもう二度と、『女の子』に戻ることなどできません
たとえここを離れたとしても、自分の手が赤黒い血に染まっていることは事実
洗い流すことなどできないのですから
 
だから、私は貴女を許すことなどできません
ただ一言の感謝の言葉すらも、受け取っては下さらなかった貴女のことなんて……

 
 
すみれはこの日、朝からずっと不機嫌であった。
食事を摂り、台本や文庫本に目を通し、気分を落ち着かせるという紅茶を飲んでも、それが治まることはない。
しかし自分の苛立ちの矛先を関係の無い誰かに向ける訳にもいかず、ただひたすらに悶々とした気分で
彼女は自室のベッドに転がっていた。

いっそ眠ってしまえばいいのだろうかと目を閉じてみたものの、瞼の裏に映るのは「あの女」の姿。
仲間と一緒に笑い、苦しみ、そして戦った彼女の姿であった。
すぐに瞼を開けて視界を自室の天井に変えるものの、自らの心の奥に居座り続ける彼女のあまりの大きさを
思い知りすみれはさらに機嫌を悪くする。

そんな悪循環を、彼女はこの部屋でずっとひとり巡り続けていた。

カチ、カチ……と時計の針が進んでいく音だけがやけに大きく部屋に鳴り響いている。
よく晴れた夏の日である筈なのに、彼女から蝉しぐれはやけに遠く感じられる。
本当に晴れているのかと疑ったすみれは、ごろりと寝がえりをうって窓の方へと視線を移した。

夏の暑い日差しは彼女の部屋にも容赦なく降り注いでいた。
落ち着いて考えれば、明かりも点けていないのに部屋の様子が容易に見渡せるのだから
これは当たり前のことである。

ぼうっとしすぎているせいでらしくないことをしてしまったと彼女が思った時、ふとその視線は窓際に
飾られている写真立てを捉えた。
飾られているのは現在の華撃団の皆で撮った集合写真。
透明なガラスの向こう側で皆が微笑んでいるそれは、暫くの間巴里に出ていた大神が持って行った
ものと同じ。
すみれもまた皆と同じように、写真の中央でにっこりと笑みを浮かべている。

何を思ったのかすみれはふと手を伸ばし、その写真立てを手に取りまじまじとその写真を見つめた。
その後すぐに元の場所に戻すことはせずにそれを裏返すと、留めている金具を回して板を取り外し
中身をベッドの上にぶちまける。

ひらひらとそこから落ちた写真は、2枚。
裏の白い面を彼女に向けているものが今まで飾ってあったもの。
そしてもう1枚は、それより1年程前に撮った以前の華撃団メンバーの集合写真であった。

華撃団は何人かのメンバーが新たに加入しているため、新しい方にのみ映っているメンバーが何人か
存在する。
だがどちらの写真にも映っているメンバーは、今よりもどこか少しだけ幼げな顔立ちでにっこりと
微笑んでいた。

そして、その写真にしか姿のない女性もまた……写真の端の方でにっこりと柔らかい笑みを浮かべている。

すみれは思わずぎゅっと目を閉じると、その淵に手を掛けて思いっきり写真を引き裂こうとした。
今の彼女の迷いの元凶がこちらに向かって微笑んでいる写真など、もう二度と見たくは無い筈なのだから。

しかし力を入れた筈のその手は写真の淵を少しだけ曲げたのみで、それを上下に破り捨てようとはしない。

すみれはヒュンと写真を投げ、行き場を失ったその手で強くベッドを殴った。
そして落ちて行く写真を眺めながら、彼女は過去に自分が今の同じようなことをしたあの日に思いを馳せる。

裏切られたと思ったあの日、ずっと使っていた写真立てを床に叩きつけた彼女は、手に怪我を負うことすらも
気にせずにガラスの破片の中に手を突っ込みその写真を強く掴んだ。

だが彼女の勢いは淵を掴んだところまで。
それを真ん中から縦に引き裂きゴミ箱に押し込むことなど、すみれにはできなかったのである。

今よりもずっと憎しみの気持ちが強かったあの夜ですら、彼女はそれを破ることをしなかった。
そんな自分が今更になってあの写真に手を掛けることなど、出来る筈が無いのである。

あやめが自分達を裏切ったという憎しみの気持ち以上に、自らに居場所を教え、陰でその活躍をを支え……
そしてその命を救ってくれたという感謝の気持ちの方が何倍も大きいということを、すみれは誰よりも
分かっているのだから。

裏切られたことを知った、その日ですらも――
 
コンコン、とその部屋に時計の針以外の音が響いたのは、すみれが身体を起こし床から写真を拾い上げた
時であった。

「……あの、すみれさん?」

如何にも遠慮がちにといった様子で聞こえて来た後輩の声に、すみれが返事をすることは無い。

過ぎる程のお節介を焼くのが花組のとりえであり、また同時に弱点でもある。
その中でも特にその性格が強い者の声なのだ。どうせいらぬ世話を焼きにきたに違いないのだから。

「えっと、ドアを開け下さらなくてもいいので……少しだけ、あたしの話聞いて下さい」

自らの予想が的中したことに、すみれは小さく溜息を吐く。
迷惑極まりないと思っている筈の彼女ではあったのだが、その口元には微かに嬉しそうな微笑みが
浮かんでいた。
 
 
+++++++++++++++
 

お父様にお話を聞いた時から、あなたはあたしの憧れの人でした
だから初めてお会いした時、目の前のあなたがあたしの想像以上で……思わず、見とれてしまいました
あたしなんかよりもずっと綺麗で、大人っぽくて……あっ、言い出したらキリがありませんね
 
あの時から暫く時が経ちましたが、あたしはまだあなたの足元にも及びません
でも、ほんの少しずつでいいから……近づけたらな、と思います

だから、ず~っと……あたしたちを見守っていて下さいね
 

 
想いの丈を語ったさくらの脳裏には、当時の情景が蘇っていた。

次々と仲間を置いていかなければならなかったあの時。
隊長である大神と彼女が突き進んだ先で立ちはだかったのは、他でもないあやめ自身。
しかし殺してしまおうと思えば簡単にできる『最強の降魔』のであった筈の彼女が、なぜかそれをすることは
無かった。そして同時に、大神の手を取ることもしなかった。

ただ彼女は眩しいばかりの笑みを浮かべ、その暖かさで彼らを包み……再び愛する帝都の地を皆で
踏むことを叶えてくれたのである。

「すみれさんも、あの時感じませんでしたか? あたしたちのすぐ傍で、あやめさんが笑ってた……って」

それはもう遠い記憶の中の、まるで夢の中のひとコマのような出来事。
倒れることのなかったさくら自身でさえ、当時の記憶は曖昧にしか語ることができない。

だが確かに、あやめは満身創痍の彼らの元に降り立ちにっこりと微笑んだのだ。
天使でもなく悪魔でもない、さくら自身がよく知っている『藤枝あやめ』という一人の人間として。

……その存在を感じたのはきっと自分だけではない、そうさくらは信じていた。

「さくら……どうしたの?」

茶色い無機質なドアを不安げな様子でじっと見つめていたさくらは、後ろから唐突に声を掛けられビクリと
肩を震わせる。
驚きのあまりつかえてしまったその口からはすぐに声が出なかった為、肩が上がったままの妙な態勢のまま、
さくらは声の方にぐりんと身体を向けた。

「あ、マリアさん。……えへへ、ちょっと独り言です」

不思議そうな様子で彼女を見つめていたマリアに、さくらはやっと自由になった声でそう言って微笑む。
独り言の割にはかなり大きなものだったに違いないと思ったのは確かであったが、彼女の脳裏に
それ以外の言葉は思い浮かばない。

「それじゃあすみれさん、あたし失礼しますね」

返事の無いドアに向かってそう叫んださくらは、マリアの方へと小走りに近づいていく。
その様子に、何も知らない彼女が首を傾げたのは言うまでも無い。

「すみれに何か用があったの?」
「いえ、ほ、ホントに何でも無いんです。それよりマリアさんはどうして……?」

自らの方に駆けてくるさくらを訝しげに見つめたマリアの問いかけに、さくらは顔を少しだけ赤くして
首と手をブンブンと振りながら答える。
そして続けざまに、苦しいことは十分承知していながらも話題を逸らそうと彼女に向かってそう問いを帰した。

同じ視線のまま暫く彼女を見つめていたマリアであったが、ふぅ……とひとつだけ溜息を吐くとすぐに口を開く。どうやらそれ以上の追求は無駄だと判断したらしい。

「織姫が何かいいアイデアを思いついたから、皆を食堂に集めてくれって言うのよ」

彼女の判断にさくらは思わず胸を撫で下ろし、やっとのことで相手の顔を見上げた。
彼女の瞳に映るマリアは頬に手を当て、まるで落ち着きの無い我が子を心配する母親のような顔をしている。

幼い頃からお転婆だったという自分を見守っていた母親も、そして右も左も分からない自分を支えてくれた
あやめも、今の彼女と同じような顔をしていたのだろうか。

「あの子の事だから、何を言い出すか分からないんだけれど……」

深い溜息を吐いて、マリアはさくらの方に視線を移す。
するとさくらは思わずその表情に、笑みを零さずにはいられなかった。

「ふふっ……マリアさん、とっても楽しそうな顔してますよ?」
「えっ……そ、そうかしら?」

唐突にそう指摘されたマリアは、目を丸くして自らの頬を両手で包む。
その頬は微かではあったものの、珍しく赤みが差していた。

「ええ、織姫さんの思いつきは、そんなにワクワクするいいことなんですか?」

マリアさんがそんなに可愛らしい顔をするくらい、という言葉をさくらは心の中だけで呟く。
普段厳しい顔をしていることが多い彼女にとっては、とても珍しい表情である。
この場にカメラがあればすぐに撮るのにと、本人が聞いたら更に頬を染めてしまいそうなことまでも
さくらは思っていた。

「さあ……まだ何も聞いていないから私にも分からないわよ? もしかしたら、とんでもないことなの
かもしれないわ」

そんなことなど露にも思っていないマリアは、また先程と同じような『お母さん』の顔でさくらに問いかける。
やはりその表情は先程思い出した二人の人物を思い起こし、さくらはまた笑いを止めることができない。

「ふふッ、楽しみですね」
「さくら……」

満面の笑みで答えるさくらに、マリアはやれやれといった様子で呟く。
さすがに気分を害してしまったかとさくらは思わず口元を手で覆った。

だが、マリアは彼女の表情につられたのか、それとも本当に可笑しいと思ったのか……その口元に今度は
確かな笑みを浮かべてさくらを見下ろす。

「ええ、ホントにそう……ね」

彼女は深く頷いたのと同時に、何かに気付いたかのようにさくらの後ろのある一点を見つめた。

「どうかされましたか?」

それにつられてさくらもそう言いながら振り返ったものの、その目に映るのは普段と同じ
劇場の廊下の景色のみ。
変わったところといえば、日が落ちてきている為に自分達の影が伸びていることくらいである。

「あ、ううん……何でも無いわ」

マリアはさくらの問いのそう悪戯っぽく微笑んで答えると、踵を返して歩き始める。
その足音に気付いたさくらは慌てて同じように方向を変えると、彼女の追いかけ小走りに階段を降りて行った。
 
やがて誰も居なくなった筈の廊下に、かちゃり、というまるでドアを開けたような音がまた、響いた。
 
 
 +++++++++++++++

 
……ねえ、織姫
あ、レニ! 何か用ですか~?
あやめさんって、どんな人だと思う?
えぇ!? うーん、あれだけ皆さんが好きだって言ってるんだから、と~ってもいい人だったん
じゃないですか?
ふぅん、そう

そう言うレニはどう思うんですか?
ボク? ボクはね……とっても落ち着いていて、優しくて頼りになる……お母さん、みたいな人だと思ってる。
ボクらにとってのかえでさんみたいな人、かな
でもかえでさんはちょっち子供っぽいですよ~ワタシの方がお姉さんみたいでーす!
ふふ……でも、ボクにとってはお母さんだから

……そういえばかえでさん遅いですねー、今日帰って来るって言ってたのに~
そうだね……早く、帰って来るといいな
 

 
「ワタシマリアさんの隣がいいでーす!」
「え~! アイリスもマリアの横がいい~!」

いの一番に室内に響いた織姫の声に続いて、アイリスが甲高い声を上げた。
彼女たちに続き他のメンバーもまた、思い思いに自らが寝る場所を選んでゆく。

ここは劇場の一階にある楽屋。
公演が行われていない今は鏡台とテーブルだけの殺風景な部屋であるが、稽古が始まれば衣装が運ばれ、
公演が始まればそれぞれの化粧道具が置かれ瞬く間に賑やかになる。
また少人数での歓迎会や誕生日会などの祝い事などに使用されることが多いのも、畳張りのこの部屋で
あった。

すっかり日が落ちた夜の十時頃。
食事や入浴を終えた花組の面々は寝間着に着換え、この一部屋に全員が集まっている。
また中央に置いてあったテーブルは撤去され、端に並べられていた鏡台もまた一か所に集められてていた。
そして畳の上には、人数分より少し少ない布団がぎっしりと敷き詰められている。

『淋しい夜は皆で一緒に寝るといいで~す! 淋しい時は一人で居るより皆で一緒に騒いだ方が楽しい
ですからね』

提案があると言って皆を集めた織姫が最初に言い出したのは、今夜は皆で一緒に雑魚寝をしようということ。
最初は何を言い出すのかという顔をしていたメンバーも居たものの、アイリスを始め少しずつ皆の
賛成意見が目立ち始め、結局その場に居ない二人のメンバー以外の皆がその誘いに乗る結果となった。

同じ建物内で共同生活をしているものの、入浴を終えて眠るまでの時間は一人で過ごすことが多い。
たまに少数のメンバーが一人の部屋に集まることはあったものの、これだけ大勢の人間が一か所に集まって
寝るということは殆ど無いのである。

「はいはい、分かったから喧嘩しないで。レニはどこに寝るの?」

楽屋を寝られる状態にすることを始め全ての指揮を執っていたマリアは、少しだけ疲れたような表情を
見せながらも、今夜最後の仕事をしっかりとこなしていた。
普段ならば大神やかえでが共に先導してくれるのであるが、前者は同じ女性ではない為になかなか率先して
指示を出すことができず、夜には戻ると言っていた筈の後者は、どうやら長引いているらしく未だ
帰って来てはいない。
そのため必然的にほぼ全てがマリアの負担になり、それをさくらやレニがサポートする形となった。

尚、言いだしっぺである筈の織姫を戦力にするという案は最初から彼女の頭に無かったようである。

「ボクは空いているところでいいから、先にみんなが決めて」

隅の方に立ったままでレニは言うのだが、そう言われると余計に手間取ってしまう。
このような時にに自己主張をするメンバーと遠慮してしまうメンバーが半々ずついるということは、
マリアにとっては優位に働くこともあるのと同時に頭痛の種でもあるのであった。

「大神さん、絶対ここからこっちに来ちゃ駄目ですからね!」
「せや! こればっかりは『体が勝手に~』じゃ済まされへんで!」

そんな大忙しなマリアの一方で、さくらと紅蘭は部屋の隅に不自然に置かれたついたての向こう側にむかって
話しかけていた。

「い、いくらなんでもそんなことしないぞ俺はッ!」

その向こうからは、メンバー唯一の男性である大神が頭から被った布団から少しだけ顔を出して
その言葉に答えていた。

言うなれば帝都メンバーの『パジャマパーティ』でもある今回、大神はそれに参加する気は無かった。
いくら信頼の置ける隊長であるとはいえ、男である自分が彼女達と一緒に寝る訳にはいかない。
その為手伝えることが全て終われば、彼はそのまま一人部屋に戻ろうと考えていたのである。

しかし『中尉さん仲間外れは可哀想でーす!』という言いだしっぺの織姫の言葉を皮切りに半ば同情混じりの
意見がぽつぽつと挙がり始めた。
そしてカンナが大道具部屋の奥から大きなついたてを引っ張り出してきたことで、彼も晴れてこの部屋で
一緒に『パジャマパーティ』に参加できる運びとなったのである。

そんなカンナは、メンバーで唯一顔を見せなかったすみれを説得しに彼女の部屋へと赴いていた。
普段喧嘩ばかりしている彼女に説得は難しいのではと思われていたのだが、その役目を引き受けると
言いだしたのは他でもないカンナであったのである。

普段誰よりも近くですみれの事を見ている彼女のこと、何か思うところがあったに違いない……
マリアは彼女のその役目を頼んだ際、そんなことを思っていた。

やがてやっと全員が眠る位置を決めた時になった頃、唐突に楽屋の扉が開かれた。
めいめいが違うことに気を取られていたものの、力任せに開けられたドアノブの音に一斉に視線が
そちらに集まる。

「ったく、アイツの腹の中で飼ってる天邪鬼は相当頑固なヤツだな」

ドアを開けたカンナは苦々しげにそう呟いて部屋に入ると、開けた時の力と同じくらいの勢いでそれを
叩きつけた。
それでもドアが壊れなかったのが幸いと言えるだろう。

「すみれさん、結局出てこなかったんですかー?」

バタン、という大きな音に一瞬で部屋は静まり返る。
思わず目を閉じた織姫がそう問いかけるまで、室内は水を打ったような静けさに包まれていた。

「ああ。『何でワタクシがあなたがたと一緒に寝なければなりませんの!』だとよ」

すみれの口調を真似ながら、カンナはドアから一番近い布団の上にどっかと腰を下ろす。
すみれに対して苛立っているというよりは、彼女を説得できなかった自らが腹立たしい、そんな様子であった。

「すみれ、淋しくないのかなぁ……」

普段はあまり見せない苛立ったカンナの様子に思わず熊のぬいぐるみを抱きしめたアイリスが、
おずおずと言葉を漏らす。
マリアは隣に居る彼女の髪を優しく撫でると、下を向いたままのカンナに労いの言葉を掛けた。

「本人がそう言うんだから、無理強いする訳にはいかないわ。ありがとうカンナ、もう放っておきましょう」
「ああ……すまねえな、みんな。担いででもアイツを連れて来られればよかったんだけど」

どこか府に落ちない様子ではあるものの、親友の言葉に落ち着いたのか、カンナは先程よりも怒気を
抑えた声で言う。そして彼女とマリアの間に居るアイリスの頭を、彼女に代わって優しく撫でた。

「カンナはんが気に病むことやない。……まあすみれはんの事やから、明日になればコロッと忘れてはると
思うんやけど……」

ドアから一番遠い位置でカンナに声を掛けた紅蘭は、トレードマークのひとつである三つ編みを解いた頭を
ぽりぽりと掻く。
すると今の今まで黙っていたレニが口を開いた。

「ボクもそう思う。時間の流れは、辛いことも忘れさせてくれるから……ボク達と、同じように」

一言一言噛みしめるように呟いた彼女は、言い終えると同時ににっこりと微笑む。
壮絶な過去を背負った彼女の言葉には、彼女にしかない重さとそして説得力があった。

「……そう、だな。レニの言う通りかもしれない」

ついたての向こうから顔を出していた大神がそう言うと、どこか不安げだった皆の顔が少しだけ
柔らかいものになる。
それは皆を信じ敵を打ち倒した彼でからこそ、成しうることができることであった。

周りの雰囲気の変化を感じ取ったマリアが、同じように柔らかい表情のままゆっくりと立ち上がる。

「じゃあ、明かりを消すわよ。明日も稽古があるんだから、寝坊しないようにね」
「は~い!」

最後まで真面目な彼女の言葉に、その部屋にいる皆がそれぞれの体で返事をする。
ごそごそと布団に潜っていく仲間達を見届けると、マリアはぱちり、とスイッチを切り替えた。

「中尉さんこっち来ちゃ駄目ですよ!」
「行かないよ俺はッ!」

暗闇の中そわそわと話をしている中でのそんなやり取りを皆で笑いながら、やがてひとりふたりと
眠りに落ちていく。

やがて真っ暗な室内に規則正しい寝息だけが響き始めた頃、その中のひとつの影がゆっくりと身体を起こした。
 
 
 +++++++++++++++

 
何も見えない暗闇の中で同じようにどす黒く汚れて同化しかけていた私を、あなたはどうして見つけ出すことが
できたのですか?
あなたの光が眩しすぎてその闇から抜け出すことを拒んだ私を、どうしてあなたは見捨てることなくここまで
連れて来てくれたのですか?
 
ここは、光溢れる場所
私がすっかり穢れていると知っても、受け入れてくれたとても暖かい場所
ふふっ、まるであなた自身のようですね
 
それなのに、もうここにあなたはもう居ないのです
誰よりもこの場所に似合う、あなたが……
 
 
 
「マリア、此処に居たの」

皆の眠る楽屋を抜け出し一人テラスで夜空に浮かぶ満天の星を眺めていたマリアは、ふと自らの名を呼ぶ
声に気付き振り返る。
そこでは風呂上がりらしいかえでが居り、彼女と目が合ったのと同時にそちらへと近づいてくる。

「かえでさん……おかえりなさい。随分長引いたようですね」

彼女のすぐ隣に立ち、湿った髪を軽くタオルで撫でたかえでは、マリアの言葉にうんざりしたような表情を
浮かべた。
当初の予定では遅くとも皆が眠ってしまうまでには……と言っていたのであるが、既に時間は日付が変わる
直前。溜息も吐きたくなるというものか。

「そうなのよ……せめて夕食の時間には戻りたかったんだけど。米田さんもぼやいていたわ」

彼女と同じように堅苦しい席が嫌いな支配人の顔を思い浮かべ、マリアは思わず苦笑を浮かべる。
すると「笑いごとじゃないわよ~」と、これまた心底不機嫌な顔でかえでが言った。

「全く……こんなにいい天気の日は、空を見ながらゆっくりお酒でも飲みたかったのに」

バルコニーの手すりに腕を掛けそこに顔を埋めたかえでは、ふとそんなことをぼやく。
そんな彼女を横目にマリアが空を見上げれば、先程までとおなじように美しい星空が広がっている。
そしてその中心では大きな満月が、周りの星達とは違う淡く暖かい光で彼らを照らしていた。

「で、何のつもり?」

再びマリアが空の世界に再び意識を呑まれそうになった時、ふと突っ伏していた筈のかえでが彼女を見上げ
問いかける。
唐突に振られたその話が何の事だか分からなかったマリアは、ただ茫然と彼女のブラウンの瞳を
見下ろしていた。

「見回りがてら劇場の中をぐるっと回ってきたら、みんなして楽屋で一緒に寝てるなんて……
びっくりしちゃった」

そんなマリアの様子を見かねたのか、かえでは彼女から視線を外してそう説明する。
すっかり星の虜になっていたその脳裏に、やっと楽屋で眠っている仲間のことが浮かんだ。
今の今まで外出していたかえでが、織姫の思いつきを知っている筈が無いのである。

「すみません。織姫が『淋しいなら皆で一緒に寝ればいい』と言いだして……皆でその案にのって
しまいました。片づけは、明日の朝私達が責任をもってやりますから」
「ううん、別に咎めてる訳じゃないのよ。ただ、いきなりどうしてそんな素敵なことをしたのか、聞きたかった
だけだから」

報告の義務を怠っていたことに気付いたマリアはそう謝罪の弁を述べたのだが、かえではただ楽しそうに
笑ってふるふると軽く手を振るのみ。
ただマリア自身が思いもよらなかった織姫の思いつきを『素敵なこと』と称する辺り、かえで自身はマリアが
思っていた以上にお茶目な性格をしているのかもしれない。
 
顔とはちがいつくづく性格の違う姉妹である。兄弟というものはもっと似ているものだとばかり思っていた
マリアは、出会った当初からあやめとかえでのあまりの違いに驚いていた。
彼女自身それに違和感を持ったことも事実なのだが、時が経った今のなってはもうどうでもいいことである。

「姉さんの事、好きだった?」

再び星空に視線を移したかえでは、また唐突にマリアに問いかける。
その言葉の意味を今度は理解した彼女は、同じように手すりに腕を乗せると視線を遥か遠くへと飛ばした。

「……はい。花組は全員、あの人のことを愛していました」

ゆっくり、そしてはっきりとした口調で、マリアはその問いに答えた。

「そう……じゃあ幸せだったのね、姉さんは」

マリアの方に振り返ることなく、かえでは彼女に向かって再び口を開く。
思ってもいなかった問いにマリアは暫くの間思案のために黙っていたのだが、その脳裏についに答えが
出ることはなかった。

彼女は自分たちに心から愛されていたのは事実。
だが果たして、それは彼女にとっての幸せだったのだろうか。
当人に聞くことが叶わない今、マリアは彼女の本当の想いを知ることはできない。

「だと、いいのですが」
「あら、私は幸せだったと思うわよ? こんなに沢山の仲間に愛されたんだもの……なんだか妬けちゃうわね」

言葉を濁した相手の方を見つめ、かえではにっこりと微笑む。
屈託の無い笑みを浮かべた彼女のその表情は、姉の幸せを確信している……そんな自信をマリアに感じさせた。
そして同時に彼女の表情は周りの人間をも巻き込んでしまうようで、その口が閉じられた時にはもう、
マリアもつられて笑っていた。

「そう仰る割に、かえでさんもとても嬉しそうですが」

お互いに顔を見合わせてひとしきり微笑み合うと、その笑いの合間を縫ってマリアはかえでに問いかける。
するとかえではマリアのグリーンの瞳を真っ直ぐに見つめ、心から幸せそうな表情でこう答えた。

「あら、当たり前じゃない。自分の愛する人が自分以外の皆にも同じように愛されているなんて、これ以上
幸せなことは無いわよ。……私も、そうなれたらいいんだけれど」

言葉の最後にふわりと微笑んだかえでは、視線を再び空へと移す。
それと同時にどこからか風が生まれ、肩の辺りで切りそろえられた彼女の髪が靡いた。

マリアは、その一瞬の出来事に思わず目を見開く。

顔立ちは似ているものの、全く違う二人の姉妹。
その妹の横顔が、今確かに今は亡き姉のそれと重なったように見えたのだから。

「さ、戻りましょうか。いくら夏でもそんな薄着じゃ、風邪ひいちゃうわよ?」
かえでにそう声をかけられはっと再び我に返ったマリアの視界に再びかえでが映る。
だがどれだけ彼女を見つめてもそこに居るのは「かえで」であり、彼女以外の誰の顔でも無かった。
どこか夢見心地のまま彼女の声に空返事をしたマリアは、肩に掛けてあったタオルを頭へと移したかえでの
後を追って劇場内へと戻る。
風の無い室内は少し暑かったものの、昼間のそれに比べれば大したことはない。

音を立てないようにゆっくりと窓を閉め、二人で施錠を確認する。
そしてほぼ同時に彼らが振りかえると、マリアの視線の端で確かに何かが動いた。

見覚えのある色の、ひらひらとした布地。……恐らくネグリジェの類であろうか。

「……逃げたわね」

同じようにかえでもそれを捉えたのか、その影が消えた方をまっすぐに見つめたままぽつりと呟く。
恐らく彼女の脳裏に浮かんだのは、かえでと全く同じ人物であろう。

「ええ、逃げましたね。花組イチ意地っ張りで、一番の淋しがり屋が……」

マリアはそう言いながら、ふうと深く溜息を吐いた。

昼間さくらと話していた時、自室の扉を少しだけ開けてこちらを伺っていた彼女。
その性格から素直になれないだけであるとマリアは考えていたのだが、カンナの言う通りその腹に巣食う
「天邪鬼」は想像以上に頑固だったようである。

「あの子の部屋に行ってみるわ。どう頑張っても、私まで一緒に寝るのにあの部屋は狭いから……
後は頼んだわね」

そんなマリアの様子をじっと見つめていたかえでは、その様子から大体のことを察したらしい。
全てのメンバーの性格と人内を見る洞察力、それに長けていた姉と同じように、彼女もまたそれを
得意分野としていた。
ここは全てを任せてしまうのが得策というものである。
尤も、ここえマリアが彼女を制したとしても、人のことを放っておけない彼女が黙って喰い下がることは
無いのであろううが……。

「……それじゃ、おやすみ。また今度ゆっくり話しましょう」

タオルを再び肩にかけると、かえではまたにっこりとマリアに微笑みかける。

「ええ、きっと。おやすみなさい、かえでさん」

マリアが言葉と同じように微笑んで答えると、相手は軽く手を振って照明を落とした廊下の奥へと
消えて行った。
 

 
……ねえ、あやめさん
あなたは今、どこにいらっしゃいますか?

私は……いえ私達は、今日も元気でやっています

あの日、あなたの温もりを感じてもう一度目覚めることができたあの日の夜、私は何年かぶりに声を枯らして
泣きました
きっとここに居る何人かは私と同じように涙し、そうでなくても心の中で泣いたのでしょう
 
でも次の日の朝、私達は普段と同じように『おはよう』と挨拶を交わしました
次の日も、またその次の日も……同じように
あなたが居た時と変わらない、暖かい日々を送っています。
 
……だって、私達は
あなたの温もりを、今でもずっと感じているのですから


+++++++++++++++
終わった、終わった……!
すみれ様ファンの皆様……なんとなくごめんなさい(汗)
ちょっと相方様にペンタブで刺されてきます……
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こちらは、わとことくらゆきの二人が運営する「サクラ大戦」の帝都ごった煮二次創作サイトです。

全体的に女性キャラ同士が非常に仲の良い描写が含まれること、更に製作物によってはキャラが崩壊していることがございますので、観覧の際はご注意下さるようお願い致します。

その上最近はCPが節操無し状態になっておりますので、より一層ご注意願います。

初めていらっしゃった方は、必ず「あばうと」のページをご覧下さい。

尚、このサイトは個人で運営しているものであって、版権物の著作者様・販売会社様等とは一切関係ありません。

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