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素晴らしき突貫工事ながら間に合った。
そんな昨日の続きでございまする。

でも何故かマリかえっていう、ねぇ……

次は多分すみれ様の誕生日に、またお会い致しましょう。
うん、頑張る……よ……(ぱたり

注意
・がっつりマリかえの百合でございます
・でもってこちら の話の続きだったりします



+++++++++++++++


ちらちらと舞う雪の中で行われたクリスマス公演は、満員の客席からの大歓声で幕を閉じた。
キラキラと舞い落ちる紙吹雪の中で、舞台に立つスタア達は名残惜しげにひらひらと手を振り続ける。
やがて舞台と客席を遮る幕が完全に降り辺りが明るく照らされても、喝采は暫し止むことは無かった。
 
そして観客の最後の一人が客席から姿を消し、その照明が完全に落とされた頃。高らかに鳴り響いた
クラッカーの音と共に、再び大帝国劇場から歓声が巻き起こる。先程のものよりもずっと小さなそれは、
しかし負けずとも劣らない程に暖かいもの。

クリスマスイヴのこの日は、花組の一員であるレニ・ミルヒシュトラーセの誕生日。
それを祝うパーティが幕を上げたのである。
 
 
 
「マリア」

それぞれの祝福の言葉と趣向を凝らした贈り物の応酬がひと段落し、アルコールの入ったメンバーが騒ぎ
始めた頃。普段の宴会ならばその中心に居る筈のかえでが未だ殆ど素面の状態のまま、騒ぎを遠くから
眺めているマリアに声を掛けた。

彼女の傍には既に空の瓶が一本転がっているのだが、その両隣に座っていたのはアイリスと織姫である。
となれば間違いなくマリアは瓶を一人で空けたことになるのだが、当人は顔色ひとつ変えては居ない。
同じ時間飲み続けている米田やカンナが既に出来上がっており、普段ならばかえでもその中に加わっている
ことを考えれば、彼女が如何に酒豪であるかが分かる。
酒好きな為に何度か痛い目に遭っているかえでには、彼女の体質が心底羨ましく思えた。

だがそんな相手の葛藤など知る由も無く、自らの名を呼ばれたマリアは普段と同じ表情のまま彼女に
視線を送る。そのグリーンの双眸には、大神の居ない花組を見守るリーダーとしての生真面目さと、
母親のような暖かさしか無い。

「あのね、今夜……なんだけど」

そう思うと自らの行動が酷く滑稽なものに思え、声を掛けたにも関わらずかえでは一瞬口籠る。
するとそんな相手の様子を不思議に思ったのか、マリアは軽く首を傾げた。
ブロンドの髪が揺れ、普段はその下に隠されている目がその間から顔を出す。初めて会った時から美しいと
思っていたそれに見つめられ、かえでは酔ってもいないのに軽い眩暈を覚えた。

いくらそれが自分のものであると言われても、未だに彼女はそれを信じることなど出来ない。

「レニが、私の部屋に泊まりたいって言うの」

まるで住む世界が違うその視線から逃れるように目を逸らし、かえではやっとその言葉を紡ぐ。
するとグラスに手を添えようとしていたマリアの手が止まった。

「だからもし、今日来るつもりだったら……」

だが相手の反応はそれっきりであった為、かえではそう言いながら様子を伺うように再び視線をその美しい
顔へと戻していく。そしてマリアの表情に視線が触れた途端、彼女は慌ててその口を噤む。

彼女はほんの少しだけ驚いたような、戸惑うような不思議な表情をしていた。
かえではそんな相手の珍しい表情に驚きほんの一瞬だけ沈黙すると、その場を繕うようにパタパタと
手を振る。

「あ、でも、そんなに毎日来るなんてこと無いわよね。変な事言って驚かせてごめんなさい、忘れて」

かえでが捲し立てるように早口で言った言葉は、脳裏に浮かんだそのままの言葉。
どうやら先程の予想は見事に当たりを引いたようである。

どうやら自分は、空回りをしすぎてしまったらしい。
いくら最近共寝をすることが多くなったとはいえ、今日は公演の当日。普段とは違う疲れが身体に負担を
かけていることは明らかなこと。そんな日までわざわざ狭いベッドに潜りに来ることは無いだろう。

何を自分は、舞い上がっていたのだろうか。

「あっ、いえ……レニがそんなことを言うなんて珍しいと思って、ちょっと驚いただけです」

かえでの言葉に初めて口を開いたマリアは、再び普段と同じ雰囲気を纏った後、にっこりと柔らかな笑みを
浮かべる。空回りをした自身を気遣ってくれたのだと感じたかえでは少々惨めな気分になったのだが、
相手から振られた話題にそれが少しだけ和らいだのは確かであった。

「あら、マリアもそう思う?」

満面の笑みを浮かべたかえでは、先程までとは違う軽やかな口調で相手にそう問いかける。
すると同じような笑みを浮かべたマリアは、すぐにこう言葉を返した。

「ええ。そんな風に、甘えられるようになったんですね」

母親のように微笑んだまま、マリアは視線を向かいに座るレニの方へと向けた。
それにつられるように、かえでもまた彼女を見つめる。

皆に贈られた抱えきれない程のプレゼントに囲まれ、レニは幸せそうに微笑んでいた。
その傍らには織姫とアイリスが、その更に隣にはさくらと紅蘭が同じように笑みを浮かべている。背後で
喧嘩を始めたカンナとすみれの声のせいでその話題を聞くことはできないものの、彼らの表情を見れば
それがどんなものなのかは予想ができる。

まるで自分の子供のような彼女がこんな風に笑えるようになったのは、いつのことだっただろう。
かえではふとそんなことを思い、過去の自分達に思いを馳せる。

レニと出会った時。感情を失い、笑うということが何なのかも分からなかった。

傍で暮らすうちにほんの少しだけ心を開いてくれたのか、無表情であったその視線が少しだけ柔らかくなった
ように感じた。周りはその変化に全く気付く様子は無かったものの、そんな微妙なものでさえかえでに
とっては嬉しいもの。
以前よりももっと、彼女はレニとの交流を増やしていった。

だが欧州星組が組織された時も、彼女は殻に篭り他の仲間と交流しようとはしなかった。
勿論織姫をはじめ他の仲間もまだ幼く、問題を抱えていたということもひとつの原因ではある。
だが少しでも人と触れ合うことの温もりを感じて欲しいと願っていたかえでは、そんな彼女を放っておくこと
などできなかった。

今になって思えば、それこそが解散という最悪の結末を招いたひとつの原因だったのである。

彼女に傾倒するあまり、周りを頼りにしすぎてしまった。
それが小さな亀裂となり、気付いた時にはもう修復ができない程に広がってしまった。

結果、レニの心にまた一つ大きな傷を創ってしまったのである。
やがて現在の仲間と再び出会うまでの間、彼女はたったの一度も微笑むことは無かったのだ。
その間は身元を引き受けたかえでにとっても、辛い月日であった。

だからこそ彼女はレニに笑顔と温もりを教えてくれた帝都花組に、言葉にできない程大きな感謝をしている
のである。今のように仲間と笑い合えるレニの本当の心を、取り戻してくれた彼らに。

――だがもし今、欧州星組時代の仲間に再会したとしたら、レニは一体どうなってしまうのだろう。
今のかえでのように走馬灯のように舞い戻ってきた記憶によって押しつぶされ、せっかく取り戻した微笑みを
見失ってしまうことは無いだろうか。

かえで自身も風の噂でしか耳にすることも無くなってしまった、かつての仲間に。
もし今、出会ったとしたら。

彼女の名を、そして今後についての事実を耳にしたかえで自身の心が、今こんなにも揺れているというのに。

「……分かりました。今夜はお邪魔しないことにします」

マリアの口から零れた言葉に、かえではハッと我に返る。
視線の先のレニは話に夢中になっているのか、どうやら二人の視線には未だ気付いていないらしい。
密度が高いせいか、その頬は酒を飲んでもいないのに少しだけ赤く染まっている。
プラチナブロンドの髪とその白い肌が、その色によく似合っていた。

そう思うと、一瞬かえでの目頭が熱くなる。
彼女は慌てて、レニから視線を外した。皆が楽しんでいる宴会の席に、涙は似合わない。

「……流石に、馬に蹴られたくはありませんから」

すると同時にそんな声が舞い降りて、かえでは目を丸くする。
声の方を見上げると、マリアが先程まで変わらない微笑みで彼女を見つめていた。

「もう、からかわないで」

その表情に救われたかえでは苦笑を浮かべると、相手の肩を軽く叩く。するとマリアは冗談ですよと言って
笑い、それにつられて彼女もまた同じように笑い始めた。

そんな彼らと同じように、あちらでも、こちらでも、仲間達の笑い声が響いている。
幸せな笑い声に包まれた楽屋の明かりは、深い夜に包まれるまで煌々と輝いていた。
 

*     *     * 


沸騰しないように鍋の中を覗きつつ、二人で作ったホットミルク。
宴会の席での三杯はあまりにも物足りなかった為かえでが自らのそれにブランデーを垂らすと、それに
気付いたレニが口を尖らせる。
すると控えめにと言っているのは何もマリアだけではないことを思い出した彼女は苦笑いを浮かべ、
一滴だけよと言い訳を漏らした。
そしてしょうがないなと笑うレニの表情に、ふっと柔らかな笑みを浮かべる。

そんなやりとりをしながら部屋に戻ると、二人は沢山の話をした。
帝都のこと、舞台のこと、観に来てくれるファンのこと――そして、周りで支えてくれる仲間達のこと。
レニの口から紡がれる話題はどれも温かなもので、その表情もまた同じようにずっと穏やかなもの。
かえではそんな彼女をじっと見つめがら、年相応の少女に戻ったようなその声に静かに耳を傾けていた。

するとあっと言う間に時間は過ぎ、気付いた時には時計の針が既に12の遥か彼方。
休暇とはいえ本番で疲れた体にこれ以上負担をかけることなどできない。

そしてかえでは二つのカップを手に一人部屋を出た。レニは自分が片付けると言ったものの、せっかくの
お客様にそれを押し付ける訳にはいかないと彼女が制したのである。
だがその言葉には渋々従ったものの、先に寝ていてもいいという言葉には断固として首を縦に振らなかった。

そんな様子にかえでは苦笑を浮かべながらも、自らの帰りを待つ彼女の為に早足で厨房へと
向かったのである。
見廻りのメンバーが落とした明かりを再び灯し、二つのカップを流し台の中へと並べる。
蛇口から流れ出た水は冬の寒さで氷のように冷たいものの、今はそれに耐えるしかない。

そして彼女がカップを水で濡らそうとした瞬間、彼女の周りだけが他より少しだけ暗くなる。
唐突なその現象に驚いたかえでが目を見開いたのとほぼ同時に、その身体は背中から強い力で包まれた。

「きゃっ!」

思わず身体を強張らせたかえでであったが、包まれた柔らかな感触と視界に入った腕に見覚えがあった為に
自らの緊張を解く。もし見知らぬ人物であったのならば得意の武術で投げていたのだが、それらの持ち主を
彼女はよく知っていた。

だが、だからこそ不逞の輩である以上にデリケートに接しなければならない。
何故なら相手の纏う雰囲気が普段とは違うことを、かえでは感じていたからである。

「ま、マリア……?」

その白い手の持ち主の名を、かえでは恐る恐る口に出した。
しかしマリアはそれには答えず、彼女の身体の自由を奪ったまま。
その力は普段よりもずっと強く、少し痛みすら覚える程。

暫しの沈黙が部屋を支配し、蛇口から流れる水の音だけが辺りに響いている。幸いにも近くに自分達以外の
気配は感じられないものの、そう悠長なことを言っていられないのもまた事実。
自分達の関係を、周りに知られる訳にはいかないのだ。

沈黙の間ずっと自らの胸の辺りに廻された相手の腕を見つめていたかえでは、ふと探るようにゆっくりと
後ろを振り向こうとする。
そしてマリアのブロンドの髪が視界に入った瞬間、その首筋を生温かい何かが通り過ぎていった。

その感触にかえでの背中は震え、思わず声を出しそうになる。

「……ッちょ、っと、止めなさいッ! こんなところで」

それを何とか押し殺したかえでは抗議の声を上げながら、遂にその腕から逃れようともがき始めた。
だがそんな彼女の抵抗は、耳元で微かに囁かれた相手の言葉によってあっけなく遮られる。

「嫌です」
「えっ……!?」

何かを押し殺したような低い声に、かえでは耳を疑った。声色もさることながら、それが生真面目な相手の
言葉とは思えなかったのである。
誰に見られるかも分からないその場所で、しかも抑えつけられたかえでが必死に嫌がっている。
だがマリアは、それでも自らの我を押し付けるような真似をする人では無い筈。
となれば、何か理由があるに違いない。

そう捉えたかえでは身体の力を抜き、再び視線を彼女の腕へと戻す。そして再び沈黙の降りたその場所で、
じっとマリアの言葉を待ち続けた。

「ごめんなさい。でも、嫌です。……離したくないんです、あなたを」

ふと痛いほどであった腕の力が少しだけ緩み、マリアの声が彼女の耳へと紡がれる。
押し殺すというよりは縋るような相手の声が気になり、かえではまた少しだけ後ろの方に視線を移した。

「……今日、いやもう昨日になってしまいましたが、何の日だかご存じですよね?」

肩の辺りに押し付けられたマリアのブロンドの髪が揺れると、微かな声が彼女に耳に響く。

「ええ、勿論」
「仰ってみてください」

問いかけに答えると、すぐに言葉が返ってくる。かえではほんの少しだけ自由が効く肘から下を動かし、
思い浮かぶ節を呟きながら指折り数えはじめた。

「レニの誕生日で、クリスマス公演の当日……つまりクリスマスイヴね」

脳裏に浮かぶままに呟いてはみるものの、それ以上のことは何も浮かんではこない。他に何か記念日が
あった記憶も無ければ、約束をしていた覚えもかえでには無かったのである。

そして彼女の言葉が途切れたのを見計らったかのように、微かな笑い声が辺りに響いた。
かえでのもので無いとするならば、その主は一人しか居ない。

表情こそ見えないが、その笑い声は酷く異質なものにかえでには感じられた。

「やっぱり、あなたはイヴのことよりも、レニのことを一番に考えている」

ひとしきり笑った後、マリアはぽつりとそう言葉を漏らす。
彼女の指摘通り、かえでの脳裏に最初に浮かんだのはレニの顔で、皆と笑って過ごしたあのパーティの
情景であった。
そして次に浮かんだのは、花組全員が舞い踊った舞台と歓声に包まれた客席。副支配人としてはまず
最初に挙げなければいけない事柄なのかもしれないが、この二つのイベントに甲乙など付けられる筈も
無い。

一体、マリアは何を言おうとしているのだろうか。
今この瞬間まで、かえでにはそれが皆目分からなかった。

しかしそんな彼女は、すぐに後悔の渦に突き落とされることになる。

「……せっかく、恋人になって初めてのイヴの夜だったのに」

先程までと変わらない声で小さく呟かれた、そんなマリアの言葉によって。
 
今日は、特別な日。
舞台の上で舞い踊った花組は、そんな歌詞を口ずさむ。
観客達は彼らの姿に見とれながら、そのロマンチックな歌声に思いを馳せるのだ。
特別な日、特別な日。
二人にとっての、特別な日。
それは恋人達に贈られた、花組からのクリスマスソング。
 
そしてマリアの言う通り、その日は彼女とかえでが愛を交わして初めての特別な日だったのである。

「……ごめん、なさい」

身体の中から熱いものが込み上げてくるのを感じながら、かえではぎゅっとマリアの腕を握りしめる。
何も知らない自分がレニの頼みを聞き入れその旨を伝えた時、一体彼女はどんな気持ちでそれに耳を
傾けたのだろうか。
謝罪の言葉やフォローがあるわけでもなく、ただ淡々と事実だけを述べた自らの言葉は。

「ごめんなさい、私レニのことばっかり考えて」

あなたとの大切な時を、忘れてしまっていたなんて……既にその事実は相手も分かりきったことであった
ものの、かえではそのあまりに残酷な言葉を口にすることができなかった。だがまるで逃げるような自分の
狡さに嫌気がさすのもまた事実。

自身がどうすればいいのか分からずに途方に暮れたかえでは、呆然と蛇口の水を見下ろしていた。

「謝る必要なんてありません。あなたは何も悪くは無いのですから」
「でも……」

そんな彼女の耳に、くぐもったままのマリアの声が響く。すぐにかえではそれを否定しようと声を漏らした
ものの、それに続く言葉を絞り出すことができない。

「むしろレニの頼みを無下に断るようだったら、私はあなたに惚れることなど無かったでしょう」

彼女の言葉を待たず、マリアはゆっくりとした口調で言った。身体に廻された腕の力が、また少しだけ
強くなる。

「悪いのは、そう理解しつつもこんなことをして、あなたを困らせる私の方」

目の前にある蛇口の水のように、止まること無い相手の言葉。それはひたすら自らを否定するもので、
紡がれる度にチクチクとかえでの心を罪悪感という針で突き刺していく。

そんなことは無い、悪いのは忘れてしまった自分にもある……たったそれだけの言葉を、かえでは紡ぐことが
できなかった。
ただひたすらに淡々と言葉を落としていくマリアの纏う雰囲気に圧倒され、口を挟むことができないのである。

「恋人としての聖なる夜を諦めきれない、往生際が悪いこの気持ち」

それは恋人ならば誰もに沸き起こる筈の自然な感情。それすらも否定しようとするマリアに刺さる刃は、
自が感じる針の痛みよりももっと強いものなのだろう。

そう、まるで鋭利な刃物で突き刺されるような――

「マリア……」

頬を擦り寄せてきた相手に、かえでは小さくその名を囁く。
ほんの一瞬だけ垣間見ることができたその表情は、見えない血にまみれていた。

「でも、ごめんなさい……私はどうしても、この気持ちを抑えきれないんです」

紅い血で濡れた唇から紡がれるのは、謝罪の言葉。
マリアがそれを呟くのは、もう何度目のことだろう。

また痛い程に強くなった腕の力を感じながら、かえではその縋るような声にただ黙って耳を傾けていた。
本当ならば今すぐにでも犯して、いや犯されたいのかもしれない。
だがそれをギリギリのラインで抑えているということは、彼女にはまだ理性があるということ。
それはなんて苦しい、時間なのだろうか。

「だからお願いです。今だけは……私の恋人でいて下さいませんか?」

最後に紡がれた言葉の最後は、殆どが吐息に混じって溶けていく。

彼女は熱い息をひとつだけかえでの首筋に落とすと、項の辺りに噛みつくようなキスを落とした。
チリリと燃えるような痛みに、かえでの背中がぴくりと跳ねる。

だがそんな熱を帯びた行為はそれまで。マリアはそれ以上の欲を押し付けることなく、かえでの身体を
抱いたままじっとその返答を待っていた。

「そんなこと……」

熱に侵されカラカラに乾いてしまった喉から、かえではどうにか声を絞り出す。
その時にはもう、彼女の中で答えは決まっていた。

「そんなこと言われて、断れる筈無いじゃない。……だから少しだけ、力を抜いて」

かえでがそう言うと、暫くの沈黙の後にその腕が解かれる。
戒められていた時間はほんの数分であったものの、それが彼女にはやけに長いものであったように思えた。

そして彼女は一歩後ずさった相手を追うように、くるりと自らの身体を反転させる。
こんなマリアを置いて逃げることなど、できる筈が無いのだから。

やっと正面から、マリアの顔を真っ直ぐに見上げる。
血にまみれていると思う程に痛々しいその顔に、涙の痕は一切無い。
恐らく彼女は泣くことすらも禁じているのだろう。
自らの中に湧き上がった自然な感情を、罪だと思うあまり。

「マリア、マリア……!」

長い前髪を払いその頬に手を伸ばしたかえでは、思わず相手の名を呼ぶと彼女の頬へと口付ける。
そして傷ついた身体を癒すようにそこを軽く舐めた後、相手に全てを預けるようにその肩に腕を回して
抱きついた。
するとすぐに、その背中にマリアの腕の温かさを感じる。

「ごめん、ごめんなさい……マリア、本当に……」

申し訳なさそうな、だがそれでも嬉しさを隠しきれないような微かな笑みを浮かべたマリアに、かえではただ
ひたすらにそう謝罪の言葉を漏らす。
相手は何も言わず、ただじっと彼女の言葉に耳を傾けていた。

徐々に小さくなっていくかえでの声だけが部屋に響いている。
そしてマリアはそんな彼女を見つめながら、労わるようにその髪を柔らかく撫でていた。
その顔に、どこか暗い微笑みを浮かべたままで。

だがほんの一瞬だけ、そんな彼女の表情がとても柔らかなものになる。
それはお互いの視線が重なり、かえでの口から不意にその言葉が漏れた時。
ふと目に映った相手の表情があまりにも眩しく思え、思わず口に出したもの。

「あなたは、やっぱりとても綺麗だわ。……大好きよ、マリア」

創られたものではないそれは、あくまでも自然なかえで自身の素直な気持ちであった。  


*     *     * 


新しい年がもうすぐそこまで迫った、ある冬の日の早朝。人の声どころか鳥の囀りすらも聞こえない、
とても静かな夜と朝の境目。この季節独特のピンと張りつめた冷たい空気が漂う部屋で、朝日の目覚まし
さえも頼らずにむくりと起き上がったちいさな影がひとつ。

それは目を擦ることもなくゆっくりと起き上がると、ふと傍らに視線を落としてにっこりと微笑んだ。
やがて暫くの間じっとその場所を見つめた後、身体を滑らせてふわりと床に降り立つ。

「おはよう、レニ」

そして同時に響いたかえでの声に、影はびくりと反応した。
その様子を見ながらふっと微笑んだかえでは、彼女の方を見つめたままゆっくりと身体を起こす。

「おはよう。……ごめんなさい、起こしちゃった?」
「ううん、いいのよ」

申し訳なさそうに言うレニの言葉に微笑みを返しながら、かえではふと辺りを見回す。
彼女の起きる気配で目が覚めたものの、室内は未だ薄暗い。手元の時計すらも見えないとなれば、
起床するにはまだ随分と早い時間の筈。恐らく本番を迎えた昨日とほぼ同じ時間といったところだろうか。

「今日は休暇の筈でしょう? 随分早起きねぇ……」

それに気付くと再び眠気がかえでを襲い、込み上げて来た欠伸を噛み殺す。
すると室内用のスリッパを履いたレニが、嬉しそうにこんなことを言い出した。

「これから、アイリスとフントの散歩に行く約束をしてるんだ。織姫も行くって言うから声をかけるつもり
だけど……多分二人で行くことになると思う」

レニは二人の仲間の名を挙げ、彼らの表情がかえでの脳裏にも浮かんでくる。恐らく彼女の言う通り後者が
起きてくることは無いだろう。
世界的に有名なスタアも、花組メンバーにとっては寝坊の常習犯。そして彼女を起こし面倒を見るのは、
他でも無いレニなのだから。

まだ眠いと駄々をこねる織姫に、小言を言いながら朝食を食べさせる彼女。それを助けようと声を掛けるのは
アイリスとさくら。そんな様子を見て笑っているのは紅蘭だろうか。
だが結局眠り姫の目を覚まさせるのは、喧嘩を始めたカンナとすみれの怒鳴り声といったところだろう。
朝っぱらから飽きもせず食堂でやりあっているのだから、仲のいいことこの上ない。

そんな情景を思い浮かべたところで、ふとかえではあることに気付く。同時に口元に笑みが浮かび、
やがて堪え切れずに声を出して笑ってしまった。

その情景の中に、レニはあまりにも自然に溶け込んでいたのである。
どこか影のある雰囲気でどんな場所でも浮いていた彼女が、今はそんな花組の日常に違和感無く
存在する。
その事実はかえでの中にひとつの確信を生み、そして同時にひと握りの淋しさを生みだした。

きっとレニは過去の仲間に再会してとしても、また昔のように頑なになりはしないだろう。
もしも挫けそうになったとしても、彼女を支えてくれる仲間は確かに存在するのだから。

もう、かえで自身がまるで母親のようにずっと見守っている必要は無いのである。

「どうしたの、かえでさん?」

唐突な笑い声に目を丸くし、レニが彼女に問いかける。
その柔らかな表情にかえでは目を細め、目尻に溜まった涙を指で弾いた。

「ううん、何でも無いわ……だからちょっとこっちにいらっしゃい」

どうにか笑いを堪えたかえではそう言って、パタパタとレニを手招きする。
すると彼女は首を傾げながらも、再びベッドの方へと近付いて来た。

そんなレニ相手の身体を、ベッドの淵に足を降ろしたかえでは柔らかく抱きしめる。
柔らかい彼女の温もりは、一瞬で冷えてしまった身体に再び熱を取り戻させた。

「……いってらっしゃい、気を付けて」

相手の心音を聞きながらかえではそう言って、にっこりと温かい笑みを浮かべる。
そんな彼女を見上げた相手はほんの少しだけ頬を染めると、その表情につられて満面の笑みを浮かべた。

「……うん。ありがとう」

レニの口から洩れた声音は、その表情と同じに柔らかい。
するとかえではそんな彼女の額にひとつだけ、触れるだけのキスを落とした。

一瞬だけ閉じられたレニの瞼が、やがて大きく見開かれる。
それはかえでから贈られた、我が子の旅立ちを祝う口付けであった。
 

*     *     * 

 
うっすらと淡い光が劇場を照らし始めた頃。
かえでは静かに扉を開け、ある部屋の中へと侵入した。

女性の部屋の割にはとてもシンプルなその場所は主の性格そのものを表しており、また彼女は薄暗い中でも
ある程度の間取りを把握できる程ここに慣れていた。

音を立てないようにと忍び足で室内を歩く。先程見送った仲間にスリッパを貸してしまった為に足元の冷えが
厳しいのだが、それを気にしている余裕は無い。

一歩一歩足を進め、やがて彼女はベッドの傍らへと辿り着く。そこでは部屋の主が衣服を何も身に着ける
事無く布団にくるまり、穏やかな寝息を立てていた。

その白い肌の美しさに、思わずかえでの手が伸びる。
何度も触れたその感触は予想していたものと同じで、絹のようなそれは触れていてとても気持ちがいい。

だが起きてしまってもいいと考えた末の行動であったにも関わらず、相手には一向に目覚める気配が無い。普段ならば背後から近づいただけですぐに気配を察知する筈なのだが、瞼を開くどころか身じろぎひとつ
さえもしない。

ならば、とかえでは肌に触れていた手を相手の顔の中央に移す。
そして筋の通った形のよい鼻を、くいと軽く摘まんだ。

そして暫しの、沈黙。

「う~ん……」

流石に呼吸の乱れに気付いたのか、顔を顰めた相手は小さな声を上げて寝がえりをうつ。
その顔が真上から自らの方に向いた為かえでは悪戯っぽい笑みを浮かべながらそれを覗き込んだのだが、
待っていたのは規則正しい寝息のみ。
どうやらこれでも、彼女の眠りを覚ますことはできないらしい。

そんな事実にふと脳裏を過るのは、かえでとも長い付き合いになる仲間の姿。
非常時のアラーム以外、彼女が一人で時間通りに起きて来るのをかえでは一度も見たことが無い。

そんなメンバーの一人を叱る立場にあるのがこの人物である筈なのだが、彼女もまた一向に起きる気配が
無い。今の今まで寝坊をする姿など見たことが無いのもまた事実なのだが、かえで自身もこれほどまでとは
予想していなかった。

そんな相手を、彼女はじっと見つめる。

先程摘まんでいた形の良い鼻と、羨ましい程に長い睫毛。
そんな整っているとしか言いようのない顔に似合う、ブロンドの短い髪。

それらはやはりあまりにも美しく、かえでの口からうっとりとした溜息が洩れた。
だがそれによって髪が揺れても、相手の瞼が開くことは無い。

さてどうしたものかと彼女が頭を抱えた時、ふとその視線がある一点を見つめて止まる。
その先にあるのは、これまた美しく整った相手の薄い唇。昨日ほんの少しだけ触れた、柔らかい感触の
それであった。

かえでは暫くそれを見つめ、そして何もしていないのに自らの身体が火照っているのに気づく。
思わず両手で頬を包んだのだが、冬の冷気に触れて冷たい筈のそれは状況に似合わずとても温かい。

ぐっと顔を顰めたまま、かえでは再び相手の唇を見つめる。
昨晩は吸い寄せられるように触れられたそれが、いざ状況が変わってみると実行するのも難しい。

だがずっと見つめ続けている訳にもいかず、意を決した彼女はぎゅっと目を閉じてゆっくりと自らの唇を
相手のそれに近付けていった。

空気に触れていただけのそれに、やがて温かなものが触れる。するとかえではほんの少しだけ舌を出し、
相手の唇を猫のように軽く舐めた。

「ん……」

同時にそれから微かな声が漏れ、慌ててかえでは唇を離す。

ぎゅっと強く閉じられた相手の瞼から、まるで宝石のような瞳がゆっくりと顔を出した。どうやらかえでは、
姫君の眠りを覚ます王子様の役を無事に勤めることができたらしい。

少し気恥ずかしさを感じながら、かえでは相手に向かって軽く手を振った。
だが確かにその瞳に自身は映っているものの、相手はぼうっとその姿を見つめただけで何の反応も
示すことは無い。

「マリア、マリア起きてるの……?」

かえでがその名を口にしたところで、相手の瞼が再びぴくりと動く。
そして二、三度瞬きを繰り返した相手は、先程よりもはっきりした視線でかえでの姿を見つめ、やがて目を
丸くした。
みるみるうちにその頬は、まるで林檎のように真っ赤に染まってゆく。

そんな相手の様子があまりにも可愛らしく、かえでの口元に思わず笑みが零れる。
すると彼女は何を思ったかベッドの上に頬杖をつくと、思春期の少女のような顔をしたままのマリアの瞳を
じっと見つめた。

そして相手が布団に潜ってしまうよりも一瞬早く、口元には悪戯な笑みを浮かべこう声を掛けたのである。

「……おはよう、私のHoney(愛おしい人)」

+++++++++++++++
以上、クリスマスなマリかえでございました。
時期は付き合い始めた頃、大神クンが巴里に居る辺り。劇場版の直前でしょうか。
かなりフラフラしているかえでさんでございますが、仕方ないのですよラチェが来るって知ってるから!
欧州時代に何があったのかは分かりませんが、劇場版のやりとりを見てるとレニにとってあまりいい思い出
では無いことは確か。
子煩悩なかえでさんが、レニに傾くのも無理は無い。だから仕方ないのです、初めてのイヴを忘れることは!
……何かマリアさんに申し訳ないクリスマスになってしまいました(土下座)
気力があればマリアさんVER も書きたいところですが、取り敢えず今回はここで幕でございます。
かえでさんは25日の夜にマリアさんに美味しく頂かれればいいようん。

それでは、ここまでお付き合い頂きありがとうございました!

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